特殊系置場
□それ行け加藤家運動会!
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青く澄み渡った空に輝く太陽。
はためく万国旗の下では子供たちの歓声と、見守る親の声援が飛び交うグラウンド。
今は幼稚園の年中組による騎馬戦が行われていた。これは父親(または祖父)などが子供を背負って赤白帽を取合うといった至極分かりやすいものだが、この競技は園内の運動会でも盛り上がる種目である。
親を馬とした騎馬武者となった園児達が駆けまわるグラウンドの中央で一際目立っている親子が居た。
帽子を狙う子供たちからひらりと身をかわし、
反撃とばかりに帽子を奪い取る。
「てきしょーうちとったりー!」
取った帽子を掲げ、満面の笑みを浮かべて勝鬨を上げるのは清正と三成の愛息子である『加藤虎之助』であった。
「いいぞ、その調子だ!」
騎馬となっているのは当然父親の加藤清正である。元々背も高い清正に背負われている虎之助は騎馬戦には非常に有利である上、虎之助自体も戦局を見極めて確実に手持ちの帽子を増やして行った。
そんな攻防戦が続く事十数分、打ち鳴らされたピストルの音に小さな騎馬武者たちは互いの陣地へと戻って行く。清正と虎之助もまた自軍である紅組に戻って行った。
「やっぱりおとらはすげーな!」
「いちまつもすごいじゃん」
「へへっ!おれの父ちゃんもでっかいからな」
互いに奪った帽子を見せあいながら笑い合う子供たちの下では清正と正則がこれまた談笑していた。
「やっぱりこういうのは燃えるよな!清正ぁ!」
「懐かしいといや懐かしいが、自分が馬というのは不思議な気分だがな」
「まぁいいじゃねぇの!しっかし清正が親父になってこういうのに出るようになるとはなぁ…」
「それはこっちの台詞だ馬鹿」
前世からの戦友で、現代でもよき友人同士である清正と正則であるが、彼らの息子もまた同じ幼稚園に通って良き幼馴染で友人である。
不思議な縁だと思うが、これはこれで気兼ねする必要が無く、互いに家族ぐるみの付き合いをしていた。
「そういや、三成は来てんのか?」
「当たり前だ。あっちの観覧席の一番前に居る」
「どれどれ…おー居た居た!」
正則が見遣った先のロープが張られた観覧スペースに敷かれたブルーシートの上には日除け用の白い帽子をかぶった女性が座っていた。
来ている服はシャツにジーンズというどちらかと言えば地味な格好だが、運動会となれば当然だ。
それなのに何故か周囲の父兄の目は三成に注がれており、本人は気付いていないようだがカメラを向けている輩もいて清正の眉間には自然と皺が寄る。
「あいつら…」
「妬くな妬くな。そういう所は変わってねぇんだからよ」
「五月蝿い馬鹿」
にししと笑う正則を威嚇してから清正は溜め息を吐く。
その時丁度集計が終わったのか、担当の先生が式台に上がって結果を読み上げる。
"結果を申し上げます。結果は…紅組の勝利です!"
結果を聞いた紅組がどっと喜びの声を上げる。
背中の子供たちは飛び上がって喜ぶが、背負っている父親が子供たちを押さえるのにてんやわんやする姿に観客席からは笑いと両軍への惜しみない拍手が送られた。
***
騎馬戦を終えた息子たちが席へ戻るのを見送り、清正と正則もそれぞれの席へと戻って行く。正則と別れた後、清正は足早に三成の待つ席へと戻った。
「お帰り。ご苦労だったな」
戻ってきた清正に気付き、笑顔で労い迎える妻に清正の顔も自然に緩む。だが、周囲への威嚇もしっかりと忘れない。
さり気なくこちらに視線を向けてくる輩に挑発的な目を向けてやれば、羨望と嫉妬の入り混じった視線が飛んでくるがすぐに退散して行った。
「どうした?怖い顔をしてるな」
『疲れたのか?』と心配そうに麦茶を差し出して来る三成に大丈夫だと言って一気に煽る。
走りまわって熱った身体に冷たい麦茶が染みわたるのはとても心地がよい。
「虎之助は頑張っていたようだな」
「ああ、正則んとこの市松と競い合ってたから余計にな」
「あやつらなら仕方あるまい」
そう言ってくすくす笑う三成の姿は本当にたおやかで、夫婦になってからもどきりとさせられる。もう子供も出来て親になったというのに清正の一番は三成のままだ。
清正と三成は戦国の世でも情を交わし合った仲で、あの頃は三成は男として生を受けており、世間には秘めた関係であった。しかも天下分け目の戦で清正は三成と袂を分かち、その結果三成は先に逝ってしまった。
選んだ道に後悔は無かったけれど、三成を失ったという現実はいつまでも清正の心に深い傷を残していた。
「清正?」
「え、あ?何だ?」
「さっきからぼーっとして大丈夫か?何なら最後のリレーは俺が出るぞ?」
「馬鹿言え、そんなんじゃ虎之助に叱られんだろ」
運動会までの数週間前、一緒に風呂に入っていた時に虎之助と清正は互いに『母さんに一番カッコいいところ見せる』と密かに約束を交わしていた。
正則を真似るわけではないが、男同士の約束でもあったし、清正としても三成の夫として妻にカッコ悪い姿だけは見せたくない。
「じゃ、そろそろ行くかな」
「ん、気をつけて――」
不意に帽子が外されたかと思うと、その影を利用して清正がそっと三成の頬に触れるだけの口付けを落とした。
一瞬の事で周囲は気付いていないようだったが、目の前の三成の顔は真っ赤である。
「ばっ…!こんな場所で…!」
「誰も見てねーし気付いてねぇよ」
外した帽子を再度被せて清正は立ち上がる。
「ちゃんと見とけよ。俺のカッコいいとこ」
にっと笑って見せる清正を三成は頬を膨らませながら睨み付けるが、こんな顔でも可愛いと思ってしまう自分は末期なのだろうかと清正は今更な事を思う。
「言われなくても…ちゃんと全部見ている」
返された言葉に清正は一瞬目を瞠ってから『お、おう』とだけ返して走って行ってしまった。
残された三成は大きめの帽子のつばをぎゅっと掴みながらも片手はそっと清正が口付けて行った場所に触れていた。
***
「あ、とうちゃんきたぜ!おとら!」
「とうさんおそいー!」
集合場所に向かうと既に虎之助と正則親子が来ており、皆がそれぞれに鉢巻きを捲いているところだった。
「悪い悪い!」
「おせーぞ清正ぁ!…ってか、顔赤くね?」
「急いで走ってきたからだ馬鹿」
渡された鉢巻きを巻きながら清正は何度もぺちぺちと頬を叩いており、周囲には『加藤さんやる気満々だな』と思われていたとか。
このリレーは最初は子供達が走り、その後に親が走ると言った対抗リレーである。ちなみに子供はトラックを半周でアンカーは1周、その後の親は1周でアンカーは2周走るのだ。
紅組の子供アンカーは虎之助で親のアンカーは清正である。
これで勝てば紅組の勝利は不動のものとなるだろうし、負けるわけにはいかない。
「俺達の前にはそれぞれ市松と正則が居るからな。足には定評があるから距離は稼いでくれるだろう…だが」
「ふたりともすぐころぶからね…」
同じ心配をしていた親子が小さくため息を吐いた先では張り切る正則親子が観客席に居た嫁の甲斐に叱られていた。
驚きだが正則の妻は甲斐で、前世でもあちらも密かに付き合っていたらしい。縁とは本当に不思議なものである。