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□虎と狐と稀に竜
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『虎と狐と稀に竜』のsampleになります。

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※本編には指定のシーンが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください※




 虎と狐と稀に竜 sample




きっかけは些細な事だったと思う。
というか、悪魔の囁きというのはこういう事なのだろうか。



三成は困っていた。
眉間に皺を寄せて唸るを城内で見かけるのは珍しい。
いつもは周りの事などどこ吹く風の涼しい顔で闊歩している彼がそんな表情で歩いているものだから
通り過ぎる者たちは皆ひそひそと噂していた。
だが、それすらも耳に入らないほどに三成は困惑していた。


事の始まりは数刻前――――――



「お前は自分からした事は無いのか?」
「は―――?」

突然に投げかけられた言葉に三成は思わず間抜けに聞き返してしまった。
投げかけた当人は隻眼を僅かに細めてにやりと笑む。

「やはりな。まぁ予想通りだが」
「何の話だ」

三成の部屋に突然訪問してきたのは、奥州の独眼竜の異名を持つ『伊達政宗』だった。
閉じた扇子を口元に当てて笑うその姿が気に食わなくて三成は眉を顰めて不快感を顕にする。
だが、政宗は全く気にした様子もない。
三成はふんと背を向けて、再び目の前の仕事と向き合う。

「あやつも見た目によらず…随分と甲斐甲斐しい事だ」
「だから!何の話だと聞いている!!」

ばんっ!と勢いよく机に手を突いて三成は振り返った。
その表情は険しく、冷静な三成をここまで怒らせれば城の者なら間違いなく怯むだろう。
だが、政宗は珍しい物を見たような楽しげな表情で三成を眺めていて、口元に浮かべた笑みも消えない。

「そんな事も判らぬか?生娘でもあるまいし」
「俺を愚弄する気か…?」

いい加減三成の表情が人を殺しかねないものになって来た所で漸く政宗はやれやれと溜め息を吐くとひらひら手を振った。


「本当に判らぬのか?」
「くどい」
「馬鹿め。お前とあの男の話と言えば閨事に決まっておろう?」

閨事という単語に一瞬意味が分からなかった三成だったが、すぐに怒りとは違う意味で目許に朱が差す。

「まぁ先程の反応を見ていれば嫌でもお前がされるがままなのは良く解った」
「なっ…!べ、別に俺も何もしていないわけでは…!!」

言いかけて三成は言葉を止めた。
何もしていないわけでは、ないと言いたい所なのだが……考えてみると

先に好きだと言ってきたのも清正で―――
先に求めてきたのも清正で―――
今も行為の主導権はいつでも清正で―――


考えれば考えるだけ三成は落ち込んだ。
自分は為されるがまま、流されるがままで清正が与えるものを受けるだけだった。
言われるまで余り深く考えた事も無かったので、改めて言われると何も言えない。


「何もしてないのであろう?」
「うっ……」

呆れと溜め息の交った声に三成は閉口するしかなかった。
先程までの剣幕は鳴りを顰めるどころか影も形もない。
視線を落として彷徨わせる三成に、目の前の政宗は再び口角を持ち上げる。

「だから、たまにはお前からしてやってはどうだ?」
「何?!」

驚いて顔を上げると、これまた意地の悪い笑みが視界に映る。
だが、今の三成にはそれを忌々しげに睨む事は出来ても、返す毒は無い。

「何も難しく考えるな。相手にされる事を受け入れるだけなのだから、たまにはお前から受け入れてやればよいだけの事」
「…だ、だが俺は……」
「知識が足らぬと言うなら手を貸してやるが」
「…っ!」

通常の三成であれば『要らぬ!』と突っぱねてしまう所なのだろうが、軍略も政略も極めた三成であるが
逆にこういう事には全くの無知で、最近漸くまともに覚え始めたばかりなのだ。
ならば、ここは全てを耐え忍んで教えを請うしかない。

「――――……頼む」

耐えに耐えて出た言葉は静かな室内でなければ聞こえなかっただろう。
だが、目の前の政宗は『よかろう』と快諾する。
その口元には相変わらずの何かを含んだ笑みがあった。

ここから三成の挑戦と、清正の受難(?)は幕を開ける――――――



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