短編
□虎の衣を狩る狐
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宵の闇が消え、外が明るくなり始めた早朝。
遠くで鳴く鶏の声を聞いて清正は重い目蓋を持ち上げた。
肘を立てて床から体を起こせば、腕の中にある温もりから規則正しい寝息が聞こえる。
さらりとした紅鳶色の髪が頬に掛かり、折角の貌が見えないのが気になって、そっと髪に指を差し入れて優しく梳くと、露になったその寝顔に思わず笑む。
普段は頑なで気高い想い人が、こうして無防備な姿を見せているというのは、自分が傍に在ることを許し、
何よりも安堵しているとい証でもある。
ふと、清正は僅かに開けていた障子の隙間に目を遣ると、外が目覚めた時よりも少し明るくなっている。
触り心地の良い髪を撫でながらこの寝顔をずっと眺めていたいのも山々なのだが、そろそろ日課である鍛練に行かねばならない刻限だ。
行かなければ正則が心配するだろうし、この想い人の事もある。
後々の面倒は避けなければ…
名残惜しいとは思いながらも、清正は腕に力を込めて身体を起こすと、床を抜け出した。
やはり早朝の室内は冷たく、剥き出しの肩に何かを羽織ろうと昨晩脱いだままになっていた着物を手に取り、肩へ掛けようとした。
が、つい、と着物が何かに引かれた。
「?…何だ?」
背後に居るのはただ一人の筈。
起こしてしまったかと振り返れば、其所には先程と変わらない安らかな寝顔。
その白い手にには、清正の着物の袖が握られていた。
昨夜は互いに少量だが酒が入っていたせいか、情事の際も着物を脱ぐのがもどかしくて着乱れたまま行為に及んでしまった。
意識が途切れる間際までこの手が、今と同じ様に着物の袖を掴んでいた事を思い出す。
掴まれたままの着物を軽く引き寄せてみるが放す気配は無く、逆に眉を潜めて小さく唸った相手に深く引き込まれてしまった。
「困ったな…」
頭を掻きながら清正は小さく溜め息を吐くが、そう言いつつも頬は緩んだ。
仕方ないと、着物を諦めてその身体を覆う様にして掛けてやると、別な着物を引っ張り出して纏う。
なるべく音を立てないように部屋を出る。
間際に振り返ってもう一度背後の存在を確かめると、清正の着物を抱いて眠る姿が映った。
懐かれている己の着物に少なからず嫉妬をしているのに気付き、それだけこの存在に入れ込んでいるのだと思い知らされる。
「俺も、大概…馬鹿だな」
そんな自分に苦情しながら、部屋の襖を閉じると清正はその場を離れた。