頂き物

□奏様・新様から
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今は昼休みである。

千鶴は、屋上へと続く階段を上っていた。

屋上。

それは学園生活を語るうえで欠かせないスポット。

授業をサボって一人昼寝をするのもよし。

想い人を呼び出して告白するもよし。

放課後、真っ赤に染まるグラウンドに思いのたけを叫んでみるのもまた一興だ。

そして何より、晴れた日に友と弁当を囲むというのは心地の良いものである。

千鶴は、弾む気持ちで屋上の少し錆びついたドアを押した。

瞬間。

青い影が目の前に表れ、続いて耳元でごうと風が吹いた。

え、と声を上げる暇もない。

耳もとを掠めたのは、拳。

千鶴のこげ茶色の髪の毛が2本、はらりと風に舞った。



「遅いじゃないですかぁ、千鶴さん」

「ま、真……」



ようやく声を発した千鶴。

真は、笑っているのかいないのか判断の付きかねる表情で、拳を引っ込めた。

女子のくせして男子の制服を堂々と着る真。

しかも「動きやすい」という世間一般では無視されるはずの理由で着やがるのである。

もちろん学校側からは問題児扱い……されない!

なぜだろうか。

それは、学園長がアレだからである。

あのお人よしは、

『やっぱり動きやすい方がいいよなぁ』

とか言って納得してしまうのである。



「びっくりした……」



千鶴は、いまだに普段の倍速で鼓動する心臓に手をやった。

真はそんな千鶴の様子にお構いなしに、その左手首を掴んだ。



「もうみんな来てますよ」



こちらにいち早く気づき、手を振っている平助。

その隣には沖田の姿も見える。

しかし、問題はその沖田の視線である。



「なんか用ですかぁ、沖田先輩?」

あからさまな黒い笑みを伴う視線に、真が負けず劣らず真っ黒な笑みで返す。

両者のにこにこ対決は今に始まったことではない。

よくここに薫が混じったりもするものだが、今その姿は見えない。



「んー? なんでもないよ? ただその手は何なのかなーと思ってさ?」

沖田の視線は、真が掴む千鶴の左手に注がれている。

千鶴の手は時々平助にも掴まれたりするわけだが、どうやら沖田はそれがいたくお気に召さないようである。

しかしそれによる殺意を紛いなりにも女子である真に向けるところがまた沖田。



「ったく僕は野郎じゃありませんって何回言えばわかるんですか? 脳みそ金平糖ですか?」


「じゃもうちょっと女の子らしくしたらどうなのさ。言動がすでに野郎然としてるよ?」

「僕が女の子らしくしたらどうなると思ってるんですか。アイデンティティ崩壊ですよわかってます?」

「そんなことで崩壊する程度のアイデンティティってことだよね。それこそ没個s」

「はーいストップ」



にこにこ大討論会(黒)に幕を下ろしたのは、真っ黒笑顔の大魔王である。



「あー薫来ちゃったよ……」

「何、来てほしくなかった? それならもっと早く来るんだった」



長ったらしい茶番は終演を迎えたのだった。

薫は、つまらなそうに唇を尖らせ、再び笑みを浮かべた。



「と、それより真。今は水曜日の昼休憩だけど、なんで紛いなりにも風紀委員の君がこんなところで遊んでるのかな?」



堂々と校則破って男子の制服を着る真が風紀委員というのもおかしな話だが、これも一つの事実なのである。



「天気がいいから」

「馬鹿だこいつ」



薫の笑顔に黒いものが混じった。

真はにはぁと無邪気な笑みを作る。

笑みを作る時点で無邪気なわけはないのだが。

二人の間に流れる物騒な空気に、千鶴と平助が冷や汗を垂らした。

沖田の手には携帯が構えられているが、そんなことは日常茶飯事である。

しかし次の瞬間、不穏な空気は二つの声にかき消された。



「……水曜の昼休憩は風紀委員会だ、東雲」

「朝連絡に行ってやったはずだが?」



真は盛大に顔を顰めた。

心底面倒くさそうに、のったりと振り返る。

そこに立っていたのは、これまた風紀委員の二人だった。



「……あんたら委員会の割に来るの早すぎやしませんか」



その言葉に、若菜が溜息を吐いた。

真と同じく男子の制服を身に纏うこの少女は、男子生徒としてこの学園に在籍している。

風紀委員として真面目に活動する彼女は、一切委員会に出席しない真に手を焼いていた。



「今日は簡単な連絡のみだったからな」

「じゃー僕が行かなくても支障なかったんじゃないですか」

「あんたは支障があると言っても来ないだろう」

「いやぁわかってるじゃないの若菜さん」

「校内でその名前で呼ぶのはやめろとあれほど……」

「ほーなんでふかぁ、ひらなはっはれふ(そーなんですかぁ、知らなかったです)」

「この際フリでいいから聞けっ!!!」



途中から背を向け焼きそばパンをもふもふと頬張る真に、ついに若菜は声を張った。



「斎藤先輩っ! 貴方も何か……」


言ってやってください。

そう言おうとして若菜は振り返った。

しかしその視線の先で、斎藤はすでに持参した弁当を広げていたのだった。



「……先輩」

「東雲には何を言っても無駄だ」



斎藤の言葉に、若菜は再び溜息を吐き、諦めたようにその場に腰を下ろした。

と、次の瞬間、弁当の蓋を持ち上げた斎藤が、その状態のまま硬直した。

あまりにも微動だにしないので、若菜は恐る恐るその顔を覗き込んだ。



「ど、どうかされたのですか、斎藤先輩……?」



斎藤は普段の涼しい無表情のままだった。

しかし、やはりぴくりとも動かない。

まるで時が止まったようだ。

いい加減若菜が本気で心配し始めたとき。

焼きそばパンを早くも平らげた真が、ひょっこりと斎藤を覗き込んだ。

続いて、その視線を弁当箱へと向ける。



「あれま、盛大に寄っちゃいましたねぇ」



若菜がえ、と弁当箱を覗くと、確かにその中身はぎゅむと右側に寄っていた。

所謂、寄り弁というやつである。

しかもただの寄り弁ではない。

もう何が入っていたのかわからなくなるほどの、「盛大」な寄り弁である。

それを確認し、もう一度斎藤の顔を覗き込む。

すると、それまで一切の動きを止めていた斎藤が、長い溜息を吐いた。

それはそれは長く、魂までもが抜け切ってしまいそうな溜息だった。

確かに弁当が寄ってしまったことはショッキングな出来事である。

しかし、この全てを失ったような悲哀に満ちた溜息はなんだ。

ハッキリ言ってそれほどのことか。

若菜はそう思いながらも、どうすればよいか思案を巡らせた。

しかし、真は何かに気づいたのか、右手の拳で左手のひらを叩くという古典的な「ひらめいたポーズ」をした。



「さては先輩、豆腐入れてましたね!!」



ばばぁーん

などというふざけた効果音を、若菜は思わず脳内で追加してしまった。

そんなばばぁーんな真の言葉に、若菜は再び斎藤の弁当へと視線を移した。

確かに、豆腐の残骸らしきものが見えるような気がする。

しかしやはり近年稀に見る「盛大」な寄り弁だけあって、その元の姿を想像することはできない。

さて、どうしたものか。

こうなってしまった以上、無闇に慰めても逆効果だ。

購買へ誘うか。

それとも黙って自分の弁当を差し出すのが最善か。

いっそ、ドンマイです先ぱーい、などと笑い飛ばしてみようか。

とはいえ、それを実行できるほど、若菜は薄情ではなかった。

しかし、真は薄情だった。



「ドンマイです先ぱーい」



お得意のけらけらと若干人をイラつかせる笑い方。



「(やりやがったこいつ……!!)」



若菜は内心で真を呪った。

世界の終わりとでもいうような溜息を吐く人間を笑い飛ばせるのは、世界広しと言えども真だけだと思った。

とにもかくにも、昼食のない斎藤をどうにかせねば。

若菜は無言で斎藤の手から弁当箱の蓋を取った。

そして自分の弁当箱に詰めてあった、卵焼き、鮭の塩焼き、ごぼうのきんぴら、小さな握り飯をのせ、斎藤に手渡した。

ふわりと顔を上げた斎藤に、若菜は微笑みを見せた。



「少しですが、どうぞ。もう購買に行っても何もないでしょうからね」

「吉村……」



あれ、なんかいい雰囲気。

しかしそれを完全なるいい雰囲気にしないのが真である。



「先輩、食べるもんないならどう、ぞっ!!



なぜか懐からもう一つ焼きそばパンを取り出し、斎藤めがけて投げつけた。

それは見事顔面にクリーンヒット。



「斎藤先輩っっ!!! ちょ、真あんたほんと何考えてんの!?」

「若菜さん、口調崩れてますよ」



ある平和な水曜日の午後1時16分。

薄桜学園の屋上に、怒声が響いたのだった。



アンタのせいだっ!!!






学園事情




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