ひぐらしのなく頃に 長編アンソロジー
□第3章 日常と変化
1ページ/16ページ
「梨花ちゃま、一人でお買い物なんて偉いねぇ」
店の主人はニコニコ笑いながら、梨花の手にあめ玉を乗せる。
今日は梨花が夕食を作る当番である。
だから梨花は買い物に出掛けていたのだ。
店の主人は、梨花が買い物に来るたびにお菓子をくれる。
あめ玉だったり、チョコレートだったり、幼い子どもや羽入が喜びそうなもの。
しかし、梨花はそれが嬉しいと感じたことがなかった。
梨花が百年以上生きていることは関係ない。
食べ物の好みは何年たっても変わらないからだ。
甘いものは嫌いではない。
でも貰うのは嬉しくない。
なぜなら――親友の沙都子は貰えないからだ。
ダム建設に賛成した北条家は、ダム戦争が終わった今でも村の嫌われ者である。
村の人間で、心から北条家を嫌っている者はいないのかもしれない。
それでも、それが村のルールと化しているのだ。
前の世界で、前原圭一はそれを打ち破ったのだ。
そして彼は梨花に教えてくれた。
運命なんて、金魚すくいの網のようにもろいのだと。
今の圭一はそのことを覚えてはいない。
そればかりか、最悪の奇跡が起こった。
けれど、梨花は仲間たちを信じようと思える。
最悪の奇跡は、本当は最悪ではないかもしれない、仲間たちなら最高に変えてくれるかもしれない、と。
楽観視かもしれないが、梨花は今、本当にそう思っていた。
「また来てなぁ、梨花ちゃま」
主人が穏やかな笑顔を見せながら、梨花に手を振る。
「はいなのですよ〜」