*小説 1*

□目覚めたら傍にいて 1
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ドアを開けた先にいたのは、長身で整った顔立ちの男だった。こんばんは、と笑いかけてくる。とりあえずこちらも小さく挨拶を返しながら、彼の観察を続けてしまった。
長身だがひ弱な印象はない。顔立ちは綺麗だが、作りものめいた綺麗さではなく、笑うと愛嬌がある。少し長めに切られた前髪が少しも嫌みでなく、上質なスーツと合わさって知的な印象を作り出している。
「夜分にすみません。どうしても今日中に一度ご挨拶したくて」
黙ったままでいた友聖に、彼の方が話し出した。
いい声だなとぼんやり聞いていた友聖に、男が微笑み掛ける。
「なかなか開けてくれないので、不審者に間違われて警察でも呼ばれたかと思いました」
「ああ……、すみません」
男の容姿に似合わぬテンションに少し驚きながらも、どうやら強盗でも悪質なセールスマンでもなさそうだと判断した。とりあえず立ち話もなにかと手のひらを部屋の中に向ける。
「どうぞ、部屋でお話を伺いますから」
「いえ」
男は何故か一瞬驚いた表情を見せたものの、またすぐに笑顔に戻って、「遅くなりましたが」と名刺を差し出してきた。
「佐々木探偵事務所 佐々木雅紀」
なんとなく名刺の文字を読み上げてみたが、やはりその名前に覚えはなくて首を傾げる。
「ある人から、あなたの護衛を頼まれました。本日からの契約でしたので、取り急ぎご挨拶に伺いました。詳しいことはまた改めてお話ししますので、そうだな、明日の昼休み空けておいてもらえますか? 名刺に携帯番号がありますので、何かあれば遠慮せずに連絡して下さい」
「ちょっと待って」
さらりと用件を話し、では、と一礼して去っていこうとする佐々木雅紀なる男の腕を掴んで、その場に引き止めた。
「護衛って何? ある人って誰? いきなり現れたあなたにそんな漠然としたことを言われても、そもそもその話がどこまで本当かも分からないし、どうしていいか分からないじゃないですか」
つい責めるように言ってしまう。
「名刺まで差し出して嘘は吐かないですよ」
だが佐々木は動じることなく、くすりと笑って、友聖の肩に手を置いてきた。
「あなたは今まで通り、普通の生活をしてくれて大丈夫です。安心して下さい、僕は優秀ですから」
「ええと……」
意味の分からない言葉の数々にぽかんとする友聖にまた綺麗な笑みを見せると、佐々木は背を向けて、商店街の方へと帰っていく。
「あ」
と思ったらいきなり振り向いて、再び友聖のもとに戻ってきた。
「そうそう。あなたみたいな綺麗な人が、どこの誰とも知れない人間を気軽に部屋に入れちゃいけませんよ」
「は?」
それをお前が言うか、と呆れる友聖を残し、佐々木は今度こそ去っていった。
「なんなんだ」
手にした名刺をまじまじと眺め、佐々木という男について思いを巡らす。
会ったことはない、筈だが。
護衛とは一体どういうことだろう。
しばらく考えてみたが、そのうち、答えなど出る筈もないと思い直した。
「まぁ、いいか」
とりあえず佐々木のことは頭から追い出すことにして、友聖は翌日の仕事に備えて、遅い夕食を摂ってベッドに入った。
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