*小説 1*

□目覚めたら傍にいて 2
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それから、佐々木は何事もなかったように、本当にちょくちょく友聖の前に現れた。
さすがに例のキスから初めて顔を合わせたときには恥ずかしさで挙動不審に陥ったが、次第に彼の嘘とも本当ともつかない態度に一人意識するのも馬鹿らしくなり、少し冗談が過ぎる珍しい友人として普通に接するようになっていた。
数日前も、スーパーに食料品の買い出しに出た友聖の隣を、何故か当たり前のように彼が歩いていた──。

「今日のメニューは何ですか」
「……焼き魚とおひたし、あとご飯とお味噌汁」
「いいですね。家庭の味って感じで」
率先してカートを押しながら、佐々木が大袈裟に羨ましがってみせる。
「そんな大層なものじゃないって」
例によって、友聖はそっけなく応えて話を逸らす。
「ところで今日は何しに来たの?」
「何って、友聖に会いに来たに決まっているじゃないですか」
「そうじゃなくて」
いっそ爽やかに言い放たれた台詞に頬を染めてしまった自分が恥ずかしくて、一人野菜売場へ逃げることにする。待って下さいよと笑いながら彼が追い掛けてくる様子は、親しい関係に見えてしまいそうで困ってしまう。
友聖はもう、護衛かプライベートかなどどうでもよくなってしまった。どちらにしろ彼が傍にいることに変わりはない。また並んで歩き出した佐々木を見上げて、問い掛けてみる。
「このまま家まで来るつもりなら佐々木さんの分もご飯作るけど、どうする?」
「いいんですか?」
「そのつもりだったんじゃないの?」
「実は期待していました」
子どものような表情に笑ってしまう。やはりこの人は、言葉も感情表現もストレートだ。
ふと、この容姿で性格もいいとくれば女性が放っておかないだろうなと考え、気持ちがささくれ立つのを感じた。そしてすぐに慌ててその気持ちを否定する。
何を考えているんだ、これじゃまるで──。
「どうかしました?」
佐々木が不思議そうに覗き込んできて、どきりとした。
「なんでもない。それより好き嫌いある?」
「いいえ」
「……だと思った」
動揺を悟られたくなくてわざと素っ気なく言った友聖に、佐々木は何もかもお見通し──友聖にはそう見える──というように目を細めた。
「楽しみです、友聖のご飯」
「普通だから。あまり期待しないでよ」
「またまた」
そこで突然佐々木が足を止めて、ポケットに手をやった。ああ電話かと気づいた友聖に、佐々木がすみませんと謝る仕草をして、携帯を操作する。
「もしもし。……ええ、大丈夫です。何かありました?」
口調はいつものように柔らかだが、表情が少しだけ険しい。同じように足を止めて見上げた友聖に、佐々木が心配させまいとの気遣いかにっこり笑ってみせた。
「……それは少し厄介ですね。分かりました。これから戻ります。……珍しく殊勝ですね。お互い様じゃないですか」
彼が穏やかに笑って電話を終える。どうやら仕事に戻らなくてはいけなくなったらしい。
仕事の話に触れるのもどうかと思案していた友聖に、佐々木が亡霊のような顔を見せた。
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