*小説 1*

□目覚めたら傍にいて 4
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「兄さん……」
 直哉を見上げたまま固まってしまった。最後に会ったのは半年程前だろうか。そのときと変わらない、優しい笑みが向けられる。
「どうしてここにいるの?」
 漸くその問いを口にしたとき、診察室のドアが開いた。Tシャツ姿の佐々木がゆっくりと出てくる。
「佐々木さん!」
 思わず駆け寄っていた。
「心配いりません。骨に異常はないし、湿布を貼ってもらっただけです。二、三日安静にしていれば大丈夫だそうですよ」
「よかった」
 安堵の息を吐く友聖の髪をくしゃりと撫でると、佐々木が視線を奥に移す。
「高月さん」
 佐々木が声を発すると同時に直哉が近づき、そのまま頭を下げる。
「このような怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「頭を上げて下さい。元々僕が申し出たことですから。弟さんに怪我がなくてよかったです」
 そんなやり取りを、友聖はきょとんと眺める。
 どうして直哉が今夜のことを知っているのだろう。佐々木は以前から兄と知り合いだったのか。それなら何故自分に話してくれなかったのか──。
 そこではっと閃くものがあった。
「依頼主……?」
 声にすれば佐々木と直哉が同時に友聖を見る。
「そう。お兄さんから護衛を依頼されていたんですよ」
 佐々木が表情を緩めて言う。
「どうして」
 友聖が問い掛けたところで、受付から佐々木を呼ぶ声がした。少し待っていてください、と彼が友聖の傍を離れていく。
「あ、支払いは俺が」
 怪我をした理由も理由だし、病院に行こうと言ったのも自分だ。当然自分が払うものと思い彼を追った友聖の申し出は、佐々木に手のひらを見せるようにして断られた。
「保険証も持っていましたし、たいした金額でもありませんから。そもそも友聖のせいではないですし」
「でも」
「どうしても気になると言うなら、身体でいただこうかな」
「……っ!」
 極上の微笑みでさらりと言われた台詞に、友聖は赤くなるしかない。相変わらず、彼は容姿と言動のギャップが激しいと思う。幸い受付の看護師に佐々木の台詞は聞こえなかったらしく、あたふたする友聖の前で、彼がさっさと支払いを済ませてしまった。
「ゆう」
 いつのまにか後ろにいた直哉に肩を叩かれる。
「とりあえず帰ろう。車回してくるから」
「うん」
 まだ上手く理解が追いつかない頭で頷く。
 病院を出て友聖のマンションに向かう間、直哉は佐々木の身体を気遣い、友聖の近況を尋ね、今夜起こったことには触れなかった。
 助手席で直哉の質問にぽつぽつと答えながら、久しぶりに見る兄の短く切られた髪や、日に焼けた肌や、大きな手を感じて、場違いにも穏やかな気持ちになってしまう。
 佐々木は話を振られればその場の空気を和ませるような答えを返し、そのままさりげなく友聖の話題へと話を戻した。それが久しぶりに会う自分と直哉への気遣いだと分かって、友聖はまた、泣きたいような佐々木への強い想いに包まれた。
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