*小説 1*

□その腕で抱きしめて 1
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玄関を開けるなり抱きしめられた。
一瞬だけ驚いたものの、すぐにふっと笑って、自分も彼の背に腕を回す。
「ただいま」
「お帰り」
ますます強く抱きしめてくる彼の腕と体温に、友聖は抑えられないほどの、彼への愛しさを感じた。
「…ご飯にしよ?準備できてるから」
離れがたい気持ちを抑えて声を掛けると、つと唇が寄せられた。
「ありがとう。僕は世界一の幸せ者です」
「…そう。よかったね」
照れる。だいぶ慣れてきたとはいえ、佐々木レベルの愛情表現は、自分には到底できそうにない。友聖は改めてそう思った。
勿論、彼への想いは負けていないつもりだけれど。
「ほら離して。早く着替えてきなって」
「…了解」
佐々木は名残惜しそうに身体を離すと、今度は友聖の額に口付けてきた。
「もう、また!」
「ふふ、今日のメニューは何でしょうね」
そう言ってクローゼットに向かう佐々木をつい目で追ってしまいながら、友聖はくすぐったいような幸せに包まれていた。

高月友聖がこの三つ年上の恋人で、探偵兼弁護士の佐々木雅紀と出会ったのは、二ヶ月ほど前になる。
彼がある日突然――本当に突然、玄関のチャイムを押して現れ、「あなたの護衛をします」と言ってきたのだ。結局それはプロ野球選手である兄、直哉の依頼だったのだが、護衛期間中に佐々木の熱烈なアプローチを受け、始めは困惑していた友聖も、いつしか彼の人柄に惹かれていった。そして彼が実は十八年も前から自分を想っていたと知る頃には、もう友聖の方が、彼を失うことなど考えられなくなっていた。
そうして護衛の元になったトラブルが解決する頃、友聖も彼への想いを伝え、恋人同士になった。
今では、お互い仕事があるから毎日という訳にはいかないが、都合の許す限り佐々木が友聖の部屋を訪れ、料理のできない彼のために友聖が夕食を用意し、朝までを一緒に過ごすというのが定番になっていた。

「美味しい。やっぱり友聖の料理は最高ですね」
食事を始めるなり佐々木は相好を崩した。テーブルにはご飯とお味噌汁、鶏の煮物にほうれん草のお浸しという、なんということはない料理が並んでいる。
「…そう、ありがと」
恥ずかしさに視線を逸らした友聖は、それでも視界の片隅で、綺麗に微笑む佐々木を捉えていた。
幼い頃から褒められることに慣れていない友聖は、佐々木と出会った当初、彼の褒め言葉に酷く困惑し、それを否定してばかりいた。だが佐々木と長く過ごすうち、彼のポジティブでストレートな言葉に感化され、今ではこちらもなるべく素直に受け取るようにしている。
人は自分にないものを持った相手に惹かれるとよく聞くが、友聖はまさにそれだった。普段から惜しみもなく好きだ、愛していると口にする佐々木以上に、自分は彼を想っているのだと自覚させられる日々を送っている。
「そうだ。今回の依頼解決、お疲れさま」
昼間の彼からのメールを思い出して言った。佐々木は直近で担当した案件に忙しく、友聖の部屋を訪れるのも、十日振りだったのだ。
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