*小説 1*

□その腕で抱きしめて 2
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月曜日。
佐々木は恵比寿駅に近い、とある複合ビルにいた。御崎の母親の、勤め先のオフィスが入ったビルだ。
御崎は母親の実家の情報も、自身の幼少期の話もほとんど聞かされていないと言っていた。まずは母親について詳しく調べて、早めに実家の住所に辿り着きたい、そう考えていた。
御崎郁子――旧姓は三宮だったことを、辛うじて御崎が知っていた――は都市銀行の関連会社のコールセンターで働いていた。役職はCSV。センター長やマネージャークラスを除いて、現場では一番上のポジションだ。
御崎が小学校を卒業した頃、契約社員のオペレーターとして入社した彼女は、その仕事ぶりが認められ、今では一般社員に昇格しているらしい。出来る女性だ。
コールセンターの営業時間は九時から十八時。皆一斉に電話から離れることはできないだろうから、昼休憩は恐らく十一時から十四時の間で交代制だ。
「そろそろ、か」
腕時計で時間を確認すると、佐々木はエントランスから地下へと続く、エスカレーターを下りていった。
この二十階建てのビルは、会社のオフィスの他に、インテリアショップやガス会社のモデルルームが入っている。高層階は高級レストランやバー、地下にはコンビニやチェーン店のコーヒーショップ、レストランがいくつか入っている。
ビルのテナントの種類と場所は既に頭に入っている。佐々木は昼時で混み合う中、迷わず目を付けた店に向かった。

「すみません、相席よろしいでしょうか?」
ガラス張りの外壁から目的のネームプレートを見つけ、佐々木はすぐにセルフサービスのうどん屋に入った。四人掛けのテーブル席で向かい合っていた、四十代と思しき女性二人連れが、同時に佐々木を見上げた。
「どうぞ」
一人が隣の席を勧めてくれた。
「ありがとうございます」
奥の席にはまだ空きがあるが、佐々木はそれに気付かない振りで、テーブルにトレイを下ろした。
「すみません、むさ苦しい男がご一緒して」
微笑みと共にそう言うと、狙い通り二人は話に乗ってきた。
「とんでもない。お兄さん格好いいですよ。ねぇ」
「うん、イケメン?なんか俳優さんみたい」
「嬉しいですね。そんなこと初めて言われました」
佐々木が大袈裟に喜んでみせると、女性達はすっかり打ち解けた様子で、更に佐々木への褒め言葉を口にした。
佐々木は自分の容姿が、特に年上の女性から好まれることをよく知っていた。自分としては、容姿など、自分が好いた相手に嫌われなければそれでいいと思っているが――幸い友聖は好きになってくれた――それでも、今のような場合には、この容姿に利用価値があったと思う。
「うちなんて男性はおじさんばっかりだから、お兄さんみたいな人は目の保養になるわ」
「ほんとほんと」
職場の話が持ち出されたところで、佐々木はたった今気付いたというように、彼女達の首から下げられているネームプレートを見て言った。
「それ、××銀行のですよね。銀行で働いているなんて凄いですね」
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