*小説 1*

□その腕で抱きしめて 3
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翌早朝のやまびこで、佐々木は岩手を目指していた。
火曜の夕方、御崎との電話が佐々木の岩手行きを決定させた。御崎郁子の出身地が、ある程度絞り込めたのだ。
火曜日、越野から聞いた傷の話を確かめるため、御崎の就業時間を待って電話を入れた。彼はあっさりとその事実を認めた。
「あります。父に聞いたところによると、木登りをしようとして枝に引っ掛けたとか。結構大きくて、大人になっても残ってしまったので、仕事のときには隠すようにしてるんです」
御崎の、整髪料で左に多めに流された前髪が思い出される。
御崎はそんなことなんの問題もないというように、佐々木に新しい事実を知らせてきた。
「実は思い出したことがあるんです。小さなことで、役に立つかどうか分からないんですけど」
「仰って下さい」
岩手県南部らしいということが分かっただけで、未だ御崎郁子の出身地に辿り着いていない。どんな小さな情報も逃したくはなかった。
「母は高校時代、理数科だったって聞いたことがあるんです。理数科は一クラスしかないから三年間同じクラスで、女子が男子の半分しかいないクラスだったから、体育祭や合唱コンクールでは苦労したって」
「理数科…」
「ああ、すみません。やっぱりこんなこと、役に立ちませんでしたよね」
慌てて詫びてくる御崎に、そんなことはないと否定した。
「ちなみに私立だったか公立だったかはご存知ですか?」
「公立です。そんなに裕福ではなかったようなことも言ってましたから」
「ありがとうございます」
佐々木はデスクに岩手県地図を広げた。これでかなり絞り込める。
「御崎さんのお陰で、お母様の住んでいた地域が分かりそうですよ」
「えっ、そうなんですか?」
彼の驚いた声が聞こえてくる。
「何か分かったら、すぐお知らせします」
「はい。どうぞよろしくお願いします」
御崎の丁寧な言葉に応えて電話を終えると、佐々木はすぐにパソコンで検索を掛けた。やはり思った通りの結果が表示される。
岩手県南で、御崎郁子の高校時代に理数科があった公立高校は一つ。その学区内の地域は限られる。
佐々木は続いて、事前に取り寄せておいた、地方の電話帳の一冊を開いた。こちらも幸運な結果が現れる。
御崎郁子の旧姓、三宮という苗字は該当地域に七軒のみ。このくらいなら一軒ずつ回れば辿り着く。七軒の中に親族がいるかもしれず、その場合は話が早くなる。
「三上」
目の前のデスクの男が立て込んでいないのを確認して、佐々木は声を掛けた。
「明日から岩手に行ってきますので、アポなしの依頼人が来た場合は対応をお願いしますね」
「了解」
こんなことはお互いいつものことなので、彼はさして驚いた様子もなく応じる。
「なんなら、先輩の代わりに高月さんに会いに行ってもいいけど」
「余程クビになりたいみたいですね。お望みでしたら、今日付けの辞表を作成しますけど?」
「…軽いジョークじゃないですか」
佐々木の、目の奥が笑っていないこと以外は完璧な微笑みに、三上は肩を竦めてみせた。
そんな三上に笑いながら、佐々木はホテルと新幹線のチケットの手配をしたのだった。
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