*小説 1*

□その腕で抱きしめて 4
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本田朋子の勤め先はすぐに調べがついた。電話口で気さくな事務員が在籍を知らせてくれ、仕事中は遠慮したいと申し出た佐々木に、彼女のおおよその昼休み時間を教えてくれた。昼にもう一度電話を入れて、漸く本人と話をすることができた。
御崎恭一の名前を聞いた彼女は、驚きと同時に安堵の声を漏らした。
「恭一は元気でやっているんですね」
そう言って彼の様子を知りたがる彼女に、佐々木は分かりやすく整理して、依頼内容を説明した。
「あの子がそんなことを…」
本田朋子は一度言葉を途切れさせた後に、しっかりとした声で言った。
「間違いありません。恭一は妹の――郁子の子どもです。ただお察しの通り、私と郁子の間にいざこざがあって、それが今も蟠っているのは確かです」
本田朋子は少し考えるように、間を置いてから続けた。
「五分や十分でお話しできることではありません。できれば会ってお話ししたいのですが、私にも家族がおりますし、仕事の都合もありますので、今日すぐにという訳にはいきません。明日の仕事終わりになら時間を取れると思いますので、私の方からあなたに連絡をしてもいいでしょうか」
佐々木は了承して、仕事用の携帯の番号を彼女に伝えた。
そうして昼過ぎからは、御崎郁子の実家の所在を確認するために車を走らせた。
先日の聞き込みで得た場所に、彼女の実家は間違いなく存在していた。セールスを装って近付くと、御崎の言っていた通り祖父母とも健在で、見たところ身体の悪いところもなさそうで安心した。
プライベートとは裏腹に、調査はスムーズに進む。
佐々木はホテルに帰り、御崎への報告書を作り始めた。元より手際のいい佐々木は、すぐに今日までの分を終わらせてしまい、他の仕事に手をつける前に一息ついた。思考はやはり、仕事中は意識して追い払っていた恋人のことへと移っていく。
――友聖は橘のことを話してくれなかった。
そのことに佐々木は少なからずショックを受けていた。いや、あの部屋に自分以外の男がいたことが既に衝撃だったのだ。
佐々木は一旦パソコンを閉じると、窓の外へと目を向けた。先程訪れた農村部と違い、この辺りはビルや住宅が立ち並び、たくさんの車が行き来している。珍しく塞ぎそうになる気分を紛らわせようとするのに、やはり今は、目に映るどんな景色も心に留まることはない。無論小さな観光を楽しもうという気も起こらなかった。
友聖が橘に特別な感情など抱いていないことは、充分すぎるほど分かっている。けれど自分ではない男――それも好意を寄せる男の傍で眠る友聖の姿は、佐々木を堪らない気持ちにさせた。
そもそも友聖には、自分に周囲の人間を引き付ける魅力があるという自覚がない。容姿だけでなく、その優しさやいじらしさに心を奪われるのは、佐々木やあの男だけではないのだ。
誰よりも傍にいたい。
強く思った。
橘は未遂だと言ったが、涙を流すほどの目に遭わせてしまったことが悔しかった。
東京に戻ったら、今朝は伝えられなかった想いを伝えよう。
そして一つだけ、自分の願いを口にしてみよう。
そう決心して、佐々木は後日心置きなく友聖との時間を持つために、また仕事へと戻っていった。
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