*小説 1*

□その腕で抱きしめて 5
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翌朝。
恋人が珍しく朝になっても熟睡していた。目を覚ますまで寝顔を眺めていて――起こしてくれればよかったのにと膨れる顔もまた可愛いなどとと思ってしまうあたり、やはり自分は重症らしい――ホテルの朝食を取り、支度をして十時の新幹線で東京に戻った。
「お昼過ぎには東京駅に着きますよ」
荷物を上げ、全席指定のはやての二人掛けのシートに落ち着いてから、窓側の友聖に声を掛ける。
「ありがと…」
「どうかしました?」
何か言いたげに見えて問えば、友聖は決まり悪そうに小さく言った。
「なんか、勢いで会いに来ちゃったけど、迷惑じゃなかった?俺のせいで仕事の予定が狂ったりしてない?…って今更なんだけど」
「それ本気で言ってます?」
出てきた言葉が意外過ぎて、佐々木はつい質問で返してしまった。
実際仕事は片付いていたし、迷惑だと思うのなら、わざわざ友聖の部屋に押しかけたりしない。
そもそも責められるのならば、病み上がりで長距離を移動してきた恋人の身体を気遣うより先に、昂ぶる気持ちのまま抱いてしまった自分の方だと思うのに、友聖は逆にこうやって心配してくれる。
こういうところがいじらしいというか、とにかく自分を引き付けて止まないのだと思い、佐々木は苦笑した。
「なに?どうして笑うの」
「いえ、やっぱり友聖は可愛いなと思いましてね」
「もう、全然質問の答えになってないし」
不満げに言って、ふいと窓の外に視線を逸らす友聖の頬がほんのり紅く染まっていることに気付いて、ますます愛しくなる。
「迷惑だなんて少しも思っていませんよ。仕事も終わっていましたし」
頬をくすぐるようにして言うと、ぴくと肩を上げた友聖が少しだけ視線を戻してきた。
「というか、昨日のアレが迷惑がってできる行為だと思われるのは心外ですね。もっと頑張らなきゃいけないってことですかね」
「ちょっと!場所考えてよ」
真っ赤になって振り向いた友聖をそのまま身体ごと抱きしめてしまいたいという衝動は、土曜の昼間で、程々に乗客の多い新幹線という状況の中で、なんとか思い止まった。
「近くなったら起こしますから、眠って大丈夫ですよ」
昨夜夜更かしさせてしまったこともあり、友聖には休んでもらおうと思っていた。
これくらいは許容範囲かなと頭を抱き寄せると、友聖は少しだけ周りを気にする仕種を見せたものの、やがてことんと頭を預けてきた。そしてまた無意識なのだろうが、佐々木を夢中にさせるようなことを言う。
「せっかく雅紀と一緒にいるのに、寝たらもったいないよ」
「どうせこれから毎日一緒にいられるようになるんですから」
「あ、そうか」
その言葉に、昨日のやり取りを思い出したらしい友聖がまた紅くなるのを、佐々木は微笑ましく眺めた。
「じゃあ僕も寝ますから。東京が終点で乗り過ごす心配もないし、それならいいでしょう?」
「うん、そうだね」
佐々木が周りから見えないように友聖の手を取って目を瞑ると、友聖も素直に目を閉じるのを感じた。
――こういうところが素直というか無防備というか。
仙台を過ぎた辺りで一人だけ目を開けた佐々木は、ふっと笑って、その後ずっと隣で眠る愛しい恋人の寝顔を見つめていた。
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