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□おやすみは、言わないで
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順番にお風呂を終えて
髪を乾かして
ベッドに、もぐり込む。







部屋の照明をおとして
ベッドの傍のペンダントライトを灯す
それが、だいすきな時間のはじまりの合図。






やわらかな橙色の灯りに包まれながら
翠の腕まくらに身を委ねて


今日の学校であった出来事とか
翠が帰り道に見つけた、新しいお店のこととか…
週末に出掛ける場所のこととか
とりとめのないことを、ふたりで話す。




それはなんだか

わたしが知らない、翠の時間を
翠が知らない、わたしの時間を

一緒に過ごせなかった時間を
ふたりで分かち合うことができるようで




髪から香る、おんなじシャンプーの香り
わたしには大きい翠のパジャマと
ふたりにはちょっと小さい翠のベッド

甘い甘い、時間。












だけど
幸せな時間は長くは続かない






時計の長い針と短い針が共に12を指す時にカチっとたてる、大袈裟な音。


それがわたしの…
…きらいな時間のはじまりの合図。





翠は、壁の時計を確認して
夜更かしはいけませんね、って…呟いて
わたしの肩を抱き寄せて
髪に小さくキスして
そして
今日と言う日を終える、言葉を紡ぐ




「おやすみなさい」って。




それがわたしの
一番きらいな時間なの。






だって

「おやすみ」はなんだか

「さよなら」みたいだから





「おやすみ」は聞きたくないの。



















こんなにも、私は、翠が好きなのに…

翠も私を…好きでいてくれるのに

どんなに愛し合っても、どんなに強い絆で結ばれていても

眠りは、ひとりきり




翠は翠で、わたしはわたし
そう
ふたりが別々の存在である限り、そんなの当たり前のことなんだけど








だけどそれが
わたしにはとても寂しくて
悲しいの。













もしわたしがこんなことを言ったら
きっと翠は困ったように笑って
まるで迷子の子供を安心させるように
その大きな腕でぎゅっと抱きしめて

そのあとに
とびきり優しいキスをくれる






ねぇ、翠。
私は、眠りの中でだって
翠と一緒にいたいの。
一瞬だって離れたくない。


欲張りだってわかってる
こうやって、おやすみを言える距離が
どれだけしあわせか、なんて
わかってる


…わかってる…けど…


隣にいるのに、意識が離れてしまうのがすごく寂しいの。










こんな風に思うようになったのは
翠とはじめて身体を重ねてから。
身も心もひとつになることを
覚えてしまったから。








それから
翠がおやすみを口にする度に
わたしは寂しくて
この時間が早く過ぎてほしいって、
それだけを思って、やりすごしてきたの。
朝になればまた翠に会えるって。
少しの間離れても
明日になれば
また、会えるって自分を納得させて過ごしてきた。



だけど








だけど

今日は特にそう思ってしまう。
不安で怖くて、身が引き裂かれそうになる。








それはきっと…さっき見た空のせい。

雲がない今夜は
月が光を、反射できないから
なんだか夜が
いつもより深く黒い衣を纏っているように見えるから

そしてその漆黒の空に浮かぶ三日月が
薄く冷たく嘲笑うようなその光が
怖くてたまらなかったから。






…また…
…あの月が…

漆黒の中
薄く冷たく笑う三日月が


…愛しい、この人を
愛しい…この人を……


また
…奪っていってしまう気がして









あの時
わたしは何もできなかった
あなたを救うことも
あなたを守ることも





そんな自分をどれだけ恨んだからわからない
後悔なんて
なんの役にも立たないことを
思い知った





だから
今日だけは
離れたくないよ。










私は翠の上に被さるように
別れを告げるおやすみなさいを、飲み込みたくて



おやすみ、を紡ごうとする
翠の、その柔らかい唇に
唇を押し当てて

喉を鳴らして、舌を舐めて
翠のその唇に蓋をする








おやすみなさいは言わないで


















「…真奈…?
どうしました?」

わたしからのキスに翠は少し戸惑うけど
すぐに優しく微笑んで
その大きな手で
私の髪を撫でる。





「…眠りたくない。」


「いつもならもうおやすみを言っている時間ですよ。
どうかしたのですか?」


穏やかな瞳と
やさしく鼓膜を揺らす翠の声。




どうしてなんて聞かないで。
わたしはただ
翠と一緒にいたいだけ。
離れたくないだけなの、翠。




「…翠をもっと、感じてたいの。」







想いが込み上げて
溢れだす涙。
頬を伝って
翠の綺麗な頬までも濡らしてゆく。






それと同時に
慈しむように髪を撫でていた優しい手が止まり
反転する視界。

わたしには翠の身体
一瞬で逆転した、体勢。



ベッドに縫い付けられて繋がる指。

さっきまでわたしを
優しく抱きしめていたその腕の間は
それは、まるで優しい檻みたいに
わたしを閉じ込める。



「真奈…。」





うわごとみたいに呟いて
わたしを見つめる翠の瞳は
優しくて、だけど
狂おしいほど
切ない熱を秘めていて


頬を伝う涙を、平たくした舌でぬぐう
らしくない、荒々しさが
うれしい。




唇を甘噛みして、開いた唇から忍び込んでくる翠の舌。



わざと、薄く開いていたくせに翠の舌を
もっとわたしの奥深くに
おびき寄せるようために
ちろちろと逃げ惑うわたしの舌。






「っ…………真奈…」



甘いため息混じりに
呼ばれる名前。
熱くなる息は
わたしの幼稚な駆け引きが
成功した証。






ねえ、翠
こんな夜は
眠ることさえ忘れるくらい
本能を呼び覚まして
わたしの上で
優しい獣になって









唇から頬を通って
首筋へと落とされてゆくキスと



その合間に漏れる
鼻にかかった少し早い呼吸

長い指でボタンを外して

露になった肌に唇を当てて

花びらを愛でるように
あったかい舌が優しく体をなぞる




その感覚だけで

私の身体は
熱く、蕩けるように
潤んでゆくから





自分の口から漏れる吐息が、甘ったるくてはずかしいけど
…その息に、たしかに反応してくれる、翠の本能がうれしいの。















「…真奈…。
おやすみなさい、は
もう少し待ってもらえますか?」



待ちのぞんでいた、ことば。
人知れずよろこぶ私は、したたかかもしれない。
たとえそうでも構わないよ。





まっすぐに見つめるその瞳が
熱っぽくて
その瞳だけで融けてしまいそうになる。
熱いその舌に、愛されたい。
濡れた唇で、身体じゅうに翠の痕をつけて。




「…もっと、して?」




翠を身体に刻んで
視覚で触覚で聴覚で…
そう、わたしのすべてで
翠を、感じたいよ。





「…貴女は…」





耳たぶを優しく噛んで、首筋に顔をうずめる。
耳に注ぎ込むその声が
どこか苦しそうで、艶を帯びていて
首を這うその舌のその熱いざらついた感触に
身体じゅうが粟立ってゆく。






「…ごめんなさい。
もう寝なければ、明日真奈が辛い思いをすることなんて、わかっているのに…」




耳元で聞こえる、苦しげに吐き出す少しうわずった息。
翠の昂りが伝わってくる、振動。





「ですが今夜は
真奈を寝かせてあげられないかもしれない。

こんな…わがままな私を…どうか嫌いにならないで」




冷静さも、穏やかさも
どこかに忘れてきたように
露になってゆく翠の本能。
それがうれしくて

翠の首に手を回してぎゅっと抱きしめる。





「嫌いになんてなるはずない

…明日なんて…どうなったっていい

翠がいれば…明日なんていらないよ」








「本当に貴女は…」



小さく呟いて
胸元に唇をつけてゆく
翠から覗く、その雄の顔に
私の牝が反応して
火照った身体から
とろりと溢れだす、翠を求めるしるし。




「…私の中を…翠で…いっぱいにして。」



怖さなんて忘れるくらい
翠のことしか
考えられないくらい

わたしを、ぐちゃぐちゃにしてほしい。










眠りの中で一緒にいられないのならば
翠に愛されたまま、眠りたい。眠りに落ちるその瞬間まで
翠を感じられるように


こんな夜は
離れないように身体を繋いで

身体中で…わたしのすべてで
翠を感じたい。
翠で、満たされたまま明日へ渡りたいの。


















だから、どうか




「おやすみなさいは言わないで」

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