main

□遠い鐘
1ページ/1ページ

「じゃあ明日は10時に駅で待ち合わせね!」



ただ今、12月31日 PM23:45

あと15分で今年が終わる。
本当は年が明ける瞬間を
大好きな秋夜と一緒に過ごしたかったのだけれど…

「そんな遅い時間に真奈を連れ出すわけにはいかない」

というなんとも古風な理由で断られてしまった。


その時の秋夜の顔は一生懸命迷いを振り切っているようで、
秋夜にとっても苦汁の決断なんだってことがよくわかったから
私はそれ以上何も言えなかった。


そんな硬派な所がやっぱり好きだから。




だけど年を越す瞬間にせめて声だけでも聞いていたくて、
私たちはさっきから電話をしている。



「そういえば紅白見た?」

「ああ、あの大御所がトリを務めるから白組が勝つだろうと思っていたが…わからないものだ。
…やはり、あの人数の多いアイドルグループの影響なのだろうな。」


「ふふ、確かにね。
今大人気だもんね。
うちのクラスの男子たちみんな大好きだもん。」

「なるほど…そうなのか。」

「ふふ。そうなんだよ。」

感心するように言う秋夜。
秋夜はあまりテレビを見ないから、流行りの芸能人に疎いのだ。










テレビ画面に新年までの残り時間が表示された。
あと五分で、今年も終わる。

「…今年一年、いろいろあったね。」

私は一年を振り返る。
いろいろなことがあったなあ。

「…ああ、いろいろあった…‥ぶ…ぶ・・・
はぁくしゅっんっっ!!


…すまない。」
電話越しに聞こえる大きなくしゃみと鼻をすすりあげる音。


「秋夜、風邪?大丈夫?」

さっき会ってた時は元気だったのに。

「…大丈夫だ。ちょっと寒かっただけだ。」

「そう?…ならいいけど。
風邪には気を付けてね。」

「…ああ。心配かけてすまない。
今年はいろいろあったが…とても充実していた。」

「毎日がすっごく楽しくて、
毎日すっごく充実してて!
今までで一番幸せな一年間だった!!」


春から…
付き合いだした今年の春から私たちはずっと一緒で…

思い出すことの全てが幸せで、全ての思い出に秋夜がいる。


「…ああ、本当にそうだな。
…真奈のおかげだ。

ありがとう。」


寡黙だからこそ
秋夜が話してくれる言葉は
すごく心がこもっているから。

すごく…幸せな気分になる。


「私の方こそ、どうもありがとう。
大好きだよ秋夜」



電話口のしばしの沈黙は
とても雄弁な沈黙で。
秋夜がいかに顔を赤くしているかが目に浮かんでくる。

「……お、俺もだ…。」

やっと開いた口から出てきたのはとても小さな愛の言葉。
それでもちゃんと自分の気持ちを伝えてくれることが嬉しくて愛しい。



…今すぐ秋夜に会いたい。



「…あーあ。
すーっごく、会いたくなっちゃったよ…」
「……。」


決まり悪そうな秋夜。
こんなことなら、説得してでも一緒に過ごせばよかったよ。
秋夜に会える明日が、待ち遠しくて仕方ない。




電話越しに聞こえる除夜の鐘の音。
うちの近くのお寺からもさっきから聞こえている。
でもどれだけ鳴らしたって煩悩なんて消せっこないよ…。
会いたいもん。いますぐ。
この3駅分の距離がもどかしい。







こうしている間にも刻一刻と来年が近づいてきていて。
テレビでは人気のタレント達がカウントダウンを始めだした。

「ねえ、秋夜今テレビ見てる??」
「…いや、見ていない。」
「じゃあ私がカウントダウンしてあげるね!
あとちょうど1分で2011年なんだ!
数えるね!!」
「…‥ああ頼む。」


「57・56・55・・」

私はテレビ画面を見ながら残り時間を読み上げる。
本当に…
あと少しで今年が終わる。


「…ぶ…へっくしっっ!!!」

再び大きなくしゃみをする秋夜。

「秋夜、本当に大丈夫??」

「…大丈夫だ、ちょっと風が強かっただけだ。
…本当に心配しないでくれ。」

「風?
今、外にいるの?」

「あ…、…ああ、まあな…」

「風邪引いちゃうから、早くどこか暖かい所に入った方がいいよ」

「…ああ、わかった。
カウントダウン、続けてくれ。」


「あ、はいはい、えっと‥35、34、33…
うわ〜あと少しだ!!!
わくわくしちゃうね!!」


「そうだな。
どんな年になるか楽しみだ。」



外からはどこかでボヤ騒ぎでもあったのか、
除夜の鐘にまじって消防車のサイレンの音が聞こえてくる。
ちょうど電話口からも消防車のサイレンの音が聞こえてきた時だった。


「そっちも消防車が走ってるんだ。
ふふふ、うちの近くも今消防車が通ったよ。偶然だね。」

「…あ…ああ。」


不謹慎だけどなんだか不思議な偶然。

…偶然?
偶然にしては少しできすぎてない?


私の中に一つの疑問が浮かぶ。
「ちょっと待って!
ねえ、秋夜、今どこにいるの?!」

「‥い…いや…それは…
…ぶへっくしゅっっっ!!!!!」

なぜか口ごもる秋夜。
私の願望のような疑問は徐々に真実味を増していく。

「ねえ、秋夜。
まさか…」

私が核心を突こうとしたその時




「『あれ、秋夜君?
何してるのこんなところで。
真奈なら家にいるから、早く入りなさい、寒いでしょう??』」


電話口から聞きなれた女の人の声が聞こえた。
それはお姉ちゃんの声。

「い、いや…、これはその違っ」
そして聞こえてくる、狼狽する秋夜の声。



「ただいま〜!
真奈〜!秋夜君よ、降りておいで!」

バタンと玄関の扉が開く音とともに響く大きなお姉ちゃんの声。
次の瞬間私は部屋から飛び出していた。
転がるように階段を駆け下り
玄関のドアを開くとそこには。




「…し、秋夜!!!」



「ま、な・・・」

…そこには
口をパクパクさせてこれ以上ない程に慌てている
秋夜の姿があった。




「…す、すまない。

じ、自分で会わないと言っておきながら、
いよいよ新年が近づいて来るとなると…
会いたくて…
新しい年の最初に一目でいいから…真奈に会いたいと思っていたら…
…いつの間にかここへ来てしまって…いた。

…す、すまない…」


尻すぼまりになってゆく声。
寒さと恥ずかしさからか、秋夜の顔は真っ赤。


会えた嬉しさと秋夜の言葉に
私は涙が溢れ出して
申し訳なさそうに俯く秋夜に抱きついた。
触れたその身体は芯から冷え切っていて。
どのくらい寒空の下にいたのかがわかる。



「バカ!こんなに寒いのにずっとこんなところにいるなんて。
なんで言ってくれなかったの?」

「い…いや、その…。
すまない。」

「でも会いたかった。
私もすっごく会いたかった…。
…ありがとう。」


すると秋夜は私の身体を強く抱きしめた。
体中から愛があふれ出すようなそんな抱擁。
私も負けじと腕に力を入れて強く抱きしめる。
私の体温が、早く秋夜に伝わるように…。








「…年…明けてしまったな。」
抱きしめあったまま少し笑う秋夜。

「ふふ、本当だね。
あけまして、おめでとう。
今年も、よろしくね」

「…こちらこそよろしく頼む。」



「…来年の年末は
ちゃんと一緒に過ごそうね」

「…ああ、そうだな。」




そしてどちらからともなく唇が近づく。

柔らかくてちょっと冷たい
そんな新年最初のキスは0時2分。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ