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□muddle
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「…どう…して」




言いたいことはいっぱいあるのに、言葉はまるで私を置いてどこかへ行ってしまったように、思ったように口から出てきてくれなくて…

ようやく出てきたのは、自分でもわからない、らちのあかない言葉。







胸がざわめく。
風に花びらが散り、舞う。
風に乗って漂う、花の香り。














白い髪の男は私の問いに答えずに、ゆっくりと近づいて、私の頬へと手を伸ばす。
私を見つめるその真っ直ぐな瞳から、私も視線をそらせない。





「…お前に会いに来た。」





白い髪の男はふわりと笑う。
その微笑みが、なんだかすごく儚く見えて
まるで今にも、この空に…消えてしまいそうで…

私の胸の中は怖さと寂しさとか何もわからないくらいにぐちゃぐちゃで。


私は、目の前にいるこの人を、ただただ見つめていた。













「どうした?」





静かに響く、心地よい声。
私は、このぐちゃぐちゃな気持ちを言葉にすることなんてできなくて
ただただ首を振ることしかできなくて。


白い髪の男は、そんな私の頬をゆっくりと手でなぞる。
優しく優しく、まるでなにかを、確かめるように。







やがてわずかな距離を埋めるように、ゆっくりと唇が近づく。
重なった唇のそのあたたかさと、その柔らかさが、髪を撫でるその指が、私の心を、優しく満たしてゆくように感じて



私は



…会いたかったのは、奏じゃなくて「私」だったってことに
ようやく気づいて

ぐちゃぐちゃだった胸の中が、まるで深い森の奥にある泉みたいに、透き通ってゆく。







言葉を紡げない塞がれた唇の代わりに、腰に手をまわすと男は少しだけ驚いたように身体を固くするけど、その隙に少しだけ開いた私の唇の中に、ゆっくりと自分の舌を忍び込ませ、
すぐに私の舌を捕らえると、包むように、愛おしむように、息すら時間さえ惜しむように、柔らかく絡みあう。


初めての深いキスは、甘くて、苦しくて
そして、うれしい。









「頃合い…か。」

しばらくして唇を離すと、白い髪の男は空を見て小さく呟く。


「またすぐに会い来る、息災でな。」


最後に頬にひとつキスを落とすと、振り向いて歩き出した。








「ま、待って…!」




追いかけようとした時、再び強い風が吹き出し私の行く手を阻む。
虚しく響く、言葉。
風が吹きやむとそこにあの人の姿はなく、私はただただあの人が去って行った方を、空を見つめることしかできなかった。














*
















「御使い様?」



後ろから掛けられる、静かな声。
振り向くとそこには

「し、秋夜…」


「こんなところで立ったまま、一体何をしていたんだ?」


不思議そうな顔をして秋夜が問う。

「…ちょっと、夕焼けを見ていただけだよ。
きれいだから。」



さっきのことはなんだか言わない方がいいような気がして、私は咄嗟に嘘をつく。


「…そうか。
遅くなってすまない。」


「秋夜の方はどうだった?」


「思っていたよりも大分足場が悪く少々難儀したが、問題ない。」


「良かった。
ってゆうか秋夜、泥だらけ〜。ふふふ」

秋夜の頬は服は土や泥で汚れていて、道中いかに大変だったかを物語っている。
それにかすかに息も上がっている。
きっと大急ぎで戻ってきてくれたんだろう。



「みんなが心配するし、そろそろ帰ろっか」

今ここを出れば日暮れまでには陣に着ける。
私は大急ぎで、風に散らばってしまった花を拾い集める。



「……御使い様、その花は?」

「あ、これ?
すごくきれいだったから飾ろうと思って。」


「…見せてくれ」

私の手から花を取ると秋夜は真剣なまなざしで花を見る。



「…御使い様。
何か変わったことはなかったか?」

わずかに緊張をはらんだ秋夜の声。


「…な、なんで?」



さっきの嘘を見透かされた気がして、平然を装いきれない声が妙に白々しく響く。



「この花…以前聞いた、人に幻を見せるという花に似ている。」

「幻?」


「異国には摘んだ者に幻を見せる花があるという。
話で聞いたその花の特徴に、この花が似ているような気がした。」





ドキリとする。
胸が…割れそうになる。




「特に…何もなかったよ。」




あの人に会った。
だけどそれは言えない。
……言いたく、ない。

だって言ってしまったら、あの人が幻だって事を認めてしまうような気がして
私は、また嘘をつく。



「…そうか。
俺の記憶違いだったようだ。」



私の答えを聞いて安心したように、秋夜はその花を籠の中へ入れる。





「…こんなにたくさん摘んでくれたのか。
ありがとう、御使い様。
助かる。」

「…うん。」


複雑な思いを消化しきれないまま私は白い髪の男がいた場所を眺める。
幻…私が見たいと願った幻?

だけど私の頬にはあの人の指の感触が残ってる。
唇には、まだあの人の柔らかさと温かさがちゃんと残ってる。



でもあの人が、こんな場所にいるはずがない。


だけど…




「…もう日が暮れる。
帰るぞ御使い様。」




太陽の位置で日暮近いことを確認した秋夜は、少し急ぎ足で歩き出す。
後ろ髪をひかれて、もう一度振り返るけど、そこにはやっぱり誰もいない。





茜色だった空は夜に侵食され、徐々に暗さを増していってる。
あざ笑うようなカラスの鳴き声。
惑わすようにコウモリが飛んでゆく。







あの人が幻だったのか、本当のあの人だったのか…
確かなことはわからない。
どんなに考えたって埒があかないけど…





だけど…
あの人に触れられた時に
「会いたかった」と思った「私」の気持ち。
その気持ちだけは…確かなこと。
真実も何もかもがぐちゃぐちゃな中で、それだけははっきりとわかる。






変わってゆく空を見上げながら、私はもう一度あの人の事を想った。
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