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□muddle
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川中島での対陣が始まって一週間。

ようやく陣での生活に慣れてきた私は、秋夜の手伝いで薬草摘みに来ている。
実戦力にはなることができない私が今、みんなのためにできることは、こういう事しかない。



…それに…何かをしていないと…モヤモヤしちゃうんだ。






今、秋夜はこの近くにある崖にだけ生えているという、貴重な薬草を取りに行っている。
そこまでの道中は足場が悪く、毒蛇が多くて危ないからと、秋夜は私をこの野原へ残し一人取りにいってしまったのだ。


だから私はひとり、秋夜から教えてもらった通りに薬草を摘んでいる。

これが痛み止めになる薬草、さっき取った葉っぱの形がぎざぎざしているのが止血作用のある薬草、小さな黄色い花をつけてるのが整腸作用のある薬草…。
初めはどれも同じに見えたけど、ようやく見分けが付くようになってきた。


この籠いっぱいに薬草を摘んで迎えに来た秋夜をびっくりさせたくて、脇目もふらずに夢中になって摘んでいたんだけど
その間にいつの間にか随分と時間が経っていたらしい。

丸め続けた腰を伸ばした私の目に映ったのは
見たこともないくらいに鮮やかな、茜色の空。







「わぁー…すっごい…」
きれいとか美しいとか、そんな言葉じゃ表せないその空は、なんだか吸い込まれてしまいそうで…
寂しいような、切ないような、怖いようなそんな気持ちで胸が締め付けられてしまいそう。

…なんで、あの人の顔ばかり浮かんでくるんだろう。









「会いたい…のかな私。」



口からこぼれた、言葉。
会いたいと望むのは奏としての私なのか、それとも……わからない。

あの人に奏って呼ばれると、うれしいと思う自分がいたり、イライラする自分がいたり…なんだかごちゃごっちゃになって。
敵であるあの人に何て名前で呼ばれようと、そんなことどうでもよかったはずなのに。

なんなんだろう。
最近の私は、私自身がわからないよ。




優しくそよぐ、風。
夕暮れの風は、永遠に続きそうな夏に終わりが近づいていることを教えてくれる。



「考えても仕方ない…か。」


大きく伸びをして深呼吸する。
いろいろ考えてたら疲れちゃったから、少しだけ休憩しよう。


あらためて見回すとこの野原はたくさんの草花がいっぱいあってすごくきれい。
薬草を探して地面ばかり見ていたから、気づかなかった。
夏の花と、少し気の早い秋を告げる花。
いろんな色があふれて、それぞれがこの野原を彩っている。
その中でも一際目を引くのは周りより少し背の高い橙色の花。
ふわふわした白い毛が茎についていて、なんだか毛皮を巻いているみたいに見える。





「…きれい…なんていう花だろう。」

近くで見ると、その花は大きな花びらを羽衣のように二重三重に纏っていて、なんだか神秘的で、私は魔法をかけられたようにその花をずっと眺めていた。

「本当に…きれい。」


こんな風に花をきれいに思えるなんて、すごく久しぶり。


合戦状態ではないとはいえ、慣れない戦場での生活は花を綺麗だと思える余裕なんてない。
思った以上に心はくたびれているみたい。

ただ眺めているだけで心が洗われる。


「…そうだ、少しだけ摘んでいこう。」


持って帰って綾姫にあげたらきっと喜んでくれる。
ああやって気丈に振る舞っているけど、やっぱり心は疲れているはずだもの。
このきれいな花を見たら少し気持ちが癒されるかもしれない。




「ちょっと、ごめんね。」

謝りながらながらその花を数本、手折る。
鼻を掠めた瞬間、甘いような懐かしいような不思議な香りがした。

この花の色は、この空の色によく似ている。
この花に妙に心惹かれるのは、そのせいなのかもしれない。


ふともう一度見上げると、空はさっきより少しだけ濃さを増していて…
それと比例するように私の胸もまた苦しさを増していく。


「なんで…こんなに。」


懐かしような苦しい気持ちになるんだろう。
着物の胸元を、ぎゅっとつかむ。
晴らしたい気持ちがなかなか晴れない。
何してるんだろう私。

花を胸に抱き寄せる。
その香りはさっきよりも強く、私の花をくすぐる。
















「…って…こんなことしてる場合じゃなかった。」

遠くで鳴くカラスの声に、センチメンタルな気分は消え、目の前の現実へと立ち戻る。
もうすぐ秋夜が来てしまうのにまだ摘み終わっていない。
っていうか籠すら置きっぱなしにしてきてしまっている。

「うわっやばい、急がなくちゃ。」

とりあえず籠を置きっぱなしにした場所へと戻ろうと駆け出した瞬間




あまりにも唐突に強い風がこの穏やかな野原を吹きぬけていった。


巻き上げられる小さな草花。
さっきまでの穏やかな風から信じられないような風。
とっさに腕で顔を隠し、目をつむる。
目を閉じたまま風の中にいると、どれくらいこうしているのか、時間すらもわからなくなるような感覚に陥る。


数秒とも数分とも思えるその風が収まり、ゆっくりと目を開ける。
光を取り戻した私の目に映ったのはさっきと変わらない茜色の空と






風になびく白い髪。
着崩した着物。
飄々とした佇まい。


いつものように不敵な笑みをたたえる、あの人だった。








 
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