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□すべてを手に入れた、彼が欲しいもの
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「はぁぁぁぁーー…。」

問答を続けること30分。
あの後も私は色々と候補は出したけれど、
それらはすべて即答で断られてしまって
結局欲しいものを聞くことはできなかった。


「…やっぱり簡単にはいかないかー。」


ごく普通の恋人同士だってプレゼントには悩むっていうんだから、
相手が勘助なら、なおさらすんなりいくわけはなかった。



「おやおや……大分疲れているようだな。」



銀色のトレイを持ってキッチンから戻ってきた勘助は
そんな私の姿を見て苦笑した。



「ロイヤルミルクティーだ。
これでも飲んで少し落ち着いたらどうだ?」


そう言って勘助はローテーブルにお揃いのティーカップを置いた。
紅茶のいい香りが鼻をくすぐった。

「いつもより甘くしてある。
まだ熱いから火傷しない様に、ゆっくり飲め。」


「…わぁありがとう!」



どういたしまして、と勘助は頬に掠めるようにキスをすると
自分の分のティーカップを手にソファーに腰掛けた。



「それにしても一周年記念…か…。
相変わらずお前は面白いことを言う。」


「そんなことない。
女の子の間では当然なんだよ。
付き合った記念日を祝うのは。」





私は勘助に女子高生事情を説明しながら、
まだ少し熱い紅茶をひとくち飲んだ。
甘くて、すごく美味しい。



「ほう…そういうものなのか。」








一周年。
それこそが私が勘助に何が欲しいかを聞く理由だった。
せっかくだから勘助に何か記念になるものをあげられればと思ったのに、
勘助は「お前がいればいい」の一点張り。


「…勘助は無欲すぎるよ。」

「…オレは無欲などではない。
今、ここにお前がいる。
一番大切なものがこの手にあるのだからな。
それ以上、他に望む物がないだけだ。」

「勘助…。」




今私がここにいる。
それだけを、こんなに喜んでくれることは、すごく幸せ。
勘助は少し普通の人とは感覚がズレていたり、
あまりにも愛してくれているが故に
ドキドキさせられてしまうこともあるけど
一緒にいると、不安になることなんてなにもない。
両手でも抱えきれないほどの愛で、私を満たし、包んでくれる。

この時代で勘助と廻り合って私は幸せを知った。
今、この時代で勘助と一緒にいられて私は…




ちょっとまっ

…今。
…………今?
…………………今!






「ねえ勘助!
私と会う前まで。
今まで生きてきた中で、何か欲しいって思ったものはなかった?」



勘助は千年という長い時間を生きてきた。
その時間に比べたら、廻り合いこうして一緒に過ごしている時間はあまりにも少ない。
その間に何か欲しいものがあってもおかしくない。



「…昔…?」


「だって勘助と出会ってまだ一年だよ。千年分の一年。
残りの999年分の時の間に欲しいと思ったものってあるでしょう?」


「さて…どうだったか…。」


「奈良の木簡とか、仏像とかさ、昔の流行りものとか!」


「…………。」


「…って、さすがにいらないよね、それは。
うー…んと、ほら!
欲しかったけど戦争とかでそれどころじゃなくて、うっかり手に入れそびれた物とか、
江戸とか明治の時は高級過ぎて無理だったけど、今なら手に入りやすい物とか、ほら何かそういうの。」


「お前は本当に面白いことを考え付く。」


「ふふ、でしょ?
ねぇねぇ何かない?」

「…そうだな……」





勘助は思いを巡らすように天井を仰ぐ。
長い長い記憶の糸をたどっているのだろう。





千年。
ひとくちで千年というのと、実際に
生きてみるのとでは全然重みと長さが違うだろう。

私の知らない勘助の時間。
平安、鎌倉、室町、戦国。
江戸、そして開国から始まる激動の時代…
そのすべての時代を、勘助は生き抜いてきたなんて。
改めて考えると途方もないことだ。

人が生まれて、死んで、また生まれて…
たくさんの出会いと、別れ…
私の想像を遙かに超えるくらいいろんな物を見てきたのだろう。









「…ああ………
…そうだ……あれがあったな。」


するとしばらくの沈黙のあと、
勘助は何かを思い出した様にぽろりと呟いた。

「え?」

「真奈、欲しい物があった。」

「本当に!?!」


諦めかけていたことに突然差し込んだ光に私は興奮して思わず立ち上がった。

「ああ。
すっかり忘れていた。
そうだ、あれがあったのだったな。」


そう言って笑う勘助はなんだか楽しそうで、すごく嬉しそうで、とても懐かしそうだった。



「ねえ、勘助!
それは今でも手に入る?」

「昔とは多少違うかもしれぬが、今でも手に入る。」

勘助は微笑みながら頷いた。
こんな勘助を見るのは初めてかもしれない。


「じゃあそれをプレゼントするね!
それは何、勘助?」

「では耳を貸せ。」

勘助は指で私を招き寄せる。
意気揚々と勘助の前に近づいたところで、
私は、足を止めた。








「…どうした?
早くこちらへ来い。」

「………ちゃんと答える?これ罠じゃない?」

そう、私は少し前の事を思い出したのだ。
あの30分前の、
…甘い罠みたいな不意打ちを。


「……相変わらずオレは信用がないな。」

勘助は苦笑いして言った。

「立派な前科があるからね。」

「…さて…そんなことがあったかな?」

「ありましたっ!!!」

「過ぎたことだ。
そんな事よりこちらへ座れ。」


勘助はとぼけた顔をして都合のいいことを言いながら
勘助は立ったままの私の手をぐいと引き寄せ、隣へと座らせる。




勘助が欲しいものってなんだろう。
っていうか勘助が、欲しかったもの。






…ん…?
欲しかったもの…?


…………まさか…








「…ち、ちょっと待って勘助。」
「…今度はなんだ。」
「欲しかったもの、でしょ?」
「ああ、どうした?」

不安な気持ちのまま、重なりそうなくらい近づく二人の距離を手で少し離した。




「あの……………奏…って答えも、駄目だからね?

…‥ってゆうか奏は…もっと駄目。」



私の言葉に勘助は驚いたようにきょとんと私をひとしきり眺め、
そして困ったような顔で、吹き出した。


「わ…笑わないで…」

「心配せずともそんな事は言わぬ。」





奏と私は、元は同じ。
分かってはいるけど、勘助の口からその名を聞くのはやっぱりちょっとだけ複雑だった。
それはきっと、元カノに嫉妬するっていう気持ちと少しだけ似ているものだと思う。
勘助はおでこにキスをくれた。まるで、小さく芽生えかけた心の棘を溶かすように。






「…さて、もう物言いはないな?」

「うん。教えて。
勘助の欲しいもの」


「ああ。」


頷くと勘助は私の身体を抱き寄せ
さっきと同じように私の耳に唇を近づけた。



































「…………………………え?」




千年生きた勘助が欲しい物。
はやる気持ちを抑え聞いたその答えは
低く甘い声で告げられたその答えは、
意外なもので。
私はその言葉を理解するのに、少し時間がかかってしまった。

当の本人は満足そうに微笑んでいる。





「……本当に、それ?」

「ああ。」

「…早く終わらせたくて適当に答えてない?」


「………………折角思い付いたというのに…
これはまた酷い言われ様だ。」

勘助はやれやれと笑い、頬に軽くキスをした。


「……だって…。
本当に本当に、それでいいの?」

「それが、いい。
何か問題があるか?」

「問題なんて、ないけど…でも…」

「では、それで頼む。」




「えって…うわっ…ちょ…っ」

勘助の言葉を飲み込めずにいると
何時の間にか視界は反転していて
すぐ真上には勘助の顔。



「…さて。
これで一件落着と相成った。」

「え、か…んっ」


名を呼ぼうとする唇は塞がれ、静かに、侵入してくる舌。
ニットはいつの間にかまくられ、
露になる肌。

「勘助…っ」

手首はがっちりと掴まれて、
もがけばもがくほど、強くなる力。




「それでは改めて、お前を頂こう。
もうひとつの意味での、お前をな。」


ゆっくりと首筋に這わされる、温かい舌と、
文字を描くように、おへそから肌をなぞりあがる指…
突然の快感に、無防備な身体が魚みたぴくぴくと跳ねた。

「あ‥んっ、や、まっ…て…」



「待たぬ。
侵略すること、火の如く…だ。」

「…だから…巧くない…ってばっ」



勘助は唇を塞ぎ、そしてひとつだけの瞳を細めて笑った。
妖しくて獰猛な、瞳。
見られるだけで身体が熱くなるような、そんな目付き。



勘助がなぜそれを欲しいと言ったのか。
何とか考えようとしたけれど

その唇に、その舌に、その指に、
それらが奏でる、濡れた音に
身体はどんどん熱を帯びて、思考は奪われ…
ただただ勘助に、勘助がくれる熱に溺れていった。






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