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□「いつも」
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「あはは、真奈ってば、相変わらず急いでるね!」

「うん。大急ぎ!」

「急ぎすぎて、転ばないようにね!
あんたは弓道部のエースなんだから。
また明日〜!」

「あはは、ありがとう!
また明日、学校でね!」



21:30。
長かった授業が終わると、挨拶もそこそこに私は大急ぎで教室を出る。
いつものことに友達たちも慣れっこで、とてつもない気迫で急ぐ私を、冷やかしながらも、温かく見送ってくれる。
忍者みたいに速いって笑われるけれど、わたしは知ってる。
忍者…忍はこんなもんじゃないって。
なんて、もちろん言わないけれど。

寄り道の相談をしている男の子たちの間を、風のように潜り抜け、一目散に長い廊下を走り抜ける。

途中、プリントを抱えた古文の先生や、事務の若いお姉さんにぶつかりそうになりながらも、
それでも走りを止めずに走る。
エレベーターホールを通りこし、非常階段へ。
エレベーターはじれったくて待ってられない。
だから私は6階から颯爽と駆け下りる。
5……4……3……
心の中でカウントダウンしながら。

階を刻むごとに高くなってゆく、鼓動は、さっきからの猛ダッシュのせい、だけじゃない。
2階から1階に続く、折り返しの踊り場を過ぎた頃から、そのドキドキはどんどん高鳴って行って、
切り取られたように少しずつ見えてくる、外の風景の
その風景の片隅の、その姿に、
心臓がひとつ、ドキンとおおきく脈打つ。



紺色のダッフルコートに、キャメルのマフラー。
ひとつに束ねた、綺麗な髪。




ーー翠ーー




私が予備校を決めるとき、翠は一緒に予備校を見て回ってくれた。
何校も回った中で、一番良かったのがこの予備校。
授業内容、システムはもちろんだけど、翠が高校生の頃に通っていたということも、やっぱりこの予備校を選んだ大きな理由。



通い始めて二ヶ月。
翠は予備校のある日はいつもこうして迎えに来てくれる。
大きな銀杏の木の下で、本を読みながら。



翠は私の気配を感じたのか、ふっと読んでいた本から目を上げた。
すぐに私を見つけて、そしてにっこりと微笑んだ。
その瞬間が、私をとんでもなく幸せにしてくれて、私は最後の距離を、めいっぱいの速さで飛び込む。
この時の私の速さはきっと、オリンピックに出られると思う。
そのくらい速い、私と、私の心臓。




「真奈?
走ったら危ないといつも言っているでしょう?」

翠は胸に飛びこんだ私をしっかりと優しく抱き留める。
子供に諭すような優しい声が、耳元をくすぐる。


「……だって、早く翠に会いたいんだもん。」



私は翠の胸に顔を埋め、翠のぬくもりを確かめる。
柔らかな、翠の匂い。
翠からはいつも甘い匂いがするのはきっと、私だけが知ってる。

「それに翠が待ってるって、思うと身体が勝手に走り出しちゃうんだよ。」

翠の背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめる。
翠が翠でいるかぎり、私はきっと走るのをやめない。
一秒でも早く、この腕にぎゅっとされたいから。

「……本当に貴女は……」

翠は少し困ったように笑う。
だけどすぐに抱きしめ返してくれる腕が、包んでくれるぬくもりが、翠もおんなじ気持ちでいてくれることを教えてくれるから、
私はもっともっと幸せな気持ちになる。


翠は一度ぎゅうときつく抱きしめてから、腕をほどいて身体を離した。

「……ふふ、ごめんなさい。
こんな場所だというのに、つい。」


翠は眉を下げて、苦笑した。
私もようやく、ここが予備校の真ん前だということを思い出す。

「いつもいつも、私たちは懲りないですね。」

「ふふ、本当に。」

でも、私は、そんな「つい」がとってもうれしい。


「それより真奈、今日のお腹の具合はどうですか?」

「絶好調でペコペコだよ。
授業中に何度も鳴りそうになっちゃった。」


「ふふふ。それは大変。
早速食べに行きましょう。
どこにしますか?」


翠は柔らかな微笑みで私を見つめて、尋ねた。

「勿論!いつものところ。」


いつものところ、っていうのは付き合いたての頃から行っていたあのカフェ。
あれからも何度も何度も使っているうちに今ではすっかりあのカフェの常連さんになってしまった。




「ふふ。
やっぱりそう来ると思いました。
私も同じです。」

翠は嬉しそうに笑うと、私の髪をぽんぽんと撫でた。

わいわいと、予備校の方から生徒たちの声が聞こえ始める。


「みんなが出てきたみたいですね。
では、行きましょう。
真奈のお腹と背中が、くっついてしまないうちに」

翠はおでこをこつんとくっつけて、そしていたずらっぽく笑った。

みんなが来る前に、私たちは歩き出す。
いつものように、繋がる指先。
翠から伝わるそのぬくもりが、その距離が愛しくて仕方ない。


増えていく、いつも。
「いつも」が増えると、
愛しさも、どんどん増えてくんだなって、



「ねえ翠。」

「どうしました、真奈。」


信号を待ちながら、私は言った。
車のライトが、行き交ってゆく。
翠は私の顔を覗き込んで、どうしました、と微笑む。
いつもの笑顔。
その笑顔だけで、愛しさが溢れて、胸がいっぱいになる。


「あのね、翠。
いつも、ありがとう。
これからも、一緒にいようね。」




翠は一瞬びっくりしたような表情をしたけれど、
だけどその表情はすぐに微笑みに変わって
私の頬に、小さくキスをした。


「ええ、もちろん。

言ったでしょう?
前世も、現世も、来世も、ずっと一緒に。
ずっと一緒に…いましょうね。」



不意打ちのキスに赤く染まってゆく顔。
ドキドキは慣れなくて、愛しさは募って、
繋いだ手をぎゅっと握った。
なかなか変わらない信号も、吹き抜けてゆく少し冷たい風も、すべてが幸せに思える、
かけがえのない「いつも」。

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