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□涙は、時間の海に流して
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「もう登っちゃダメだよ。」


そっと放すとミケは「ありがとう」と言うようににゃん、とひとつ鳴いて
とてとてと歩き出した。
とりあえず危なくない方向へ向かったのを確認して
ベンチに腰かける。
重さでしなったベンチがぎしっと二回、音をたてる。




「ありがとうね、暁月。
「また危ないところに登らなきゃなきゃいいけど。」


「人…いや猫の事言えないだろ、お前も。」


「あはは」


「あはは、じゃない。
自分にできない事をするな、ってあれほど言っただろう。」


「……はい。」



暑い日差し、セミの声と、髪を揺らし吹き抜けてゆく風。

まるでデジャヴみたいなやり取り。

違うのは、ただ、時間だけ。









「それより額、大丈夫か?」

「あ、うん。
ちょっと痛かったけど大丈夫」

「見せてみろ。」



そう言うと暁月は右手で私の前髪を無造作に掻きあげ、おでこをあらためる。
近づく、綺麗な顔に
自分の顔がゆっくりと、でも確実に
…赤くなってゆくのがわかる。


「…こぶとか、できてないみたいだな。」

「…うん。大丈夫。
暁月こそ平気?」


「まあ少し痛かったけどな。
大丈夫だ。」


綺麗な赤い髪が、きらきらと陽を受けて風に靡く。



「お前のことだからまた無茶なことばかりしてるんじゃないかって、
心配していたんだが
まさか本当に、そうだったとはな。」



「……。はい。」


暁月はあきれたように笑って言う。
…確かにやってることは3年前と何にも変わらないから
悔しいけど反論できない。

まるで子供をからかうように
ふくれっ面の私の頭をぽんぽんと叩く。
太陽みたいな笑顔で。
逢いたくてたまらなかった、その笑顔で。


「はは。
久しぶりに会ったっていうのに、お前は…変わらないな。


相っ変わらず無鉄砲で
無計画で
とんでもなくお転婆で…
…だけど」
暁月は困ったように笑うと
私の頭を胸に抱き寄せる。
ぎゅっと、苦しいくらいにぎゅっと。






「…悪い…
少しだけ…このまま、な…。


…久しぶりだな、真奈。
元気にしてたか?」




胸の中で聞くその声は今までとは違って聞こえて
優しくて切ない振動が
抱きしめられて繋がった身体を伝って
まっすぐに心に響いて、




「…ばーか、なに泣いてるんだよ。」



私を包むあったかい体温に
手に触れるのはずっと会いたかった、ぬくもりに
雪が春の陽射しに溶けてゆくように
寂しさに耐えていた心が溶けて
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。



逢いたくてたまらなかったその背中を抱きしめると、
暁月の腕が私をぎゅうっと抱きしめる。

寂しさも、悲しさも
全部を包み込むような強い力で。






「…喧嘩相手がいなくて真奈が寂しがってるんじゃないかって心配してたんだぞ」


「…暁月っ…こそ…っ寂しかった…んじゃないの。」



「はは、泣きながら言うなって。

でも強ち間違いじゃないんだよな。

…お前とは喧嘩ばっかりしてたのに、
お前が側にいないのが…変な感じって言うか…
なんだか物足りなくてさ。


…お前に、逢いたかった。」




「…たしも…逢…たか…った…よ…っ」




込み上げる涙のせいで、言葉なんて役にたたなくてもどかしくて
気持ちを伝えるように、暁月をぎゅっと抱きしめる。
自分にこんなに力があったなんて、信じられないくらいに強く。


逢いたくて逢いたくて仕方なかった。

夢を見て醒める度に
涙を流して
現実の寂しさに
行き場のない想いに
押し潰されそうになってた。

何度も何度もその名前を呼んだ。
もう逢えないって、わかってたって。
暁月はもういないって、わかってたって。




「…なんてゆうか…うれしいな。
離れてても逢えなくても、お前が俺を…想ってくれてたなんてな。」





暁月は小さく呟いて、ぎゅっと私を抱きしめる。
さらに近づく私たちの距離。
てのひらで感じる暁月の感触が、
これが夢じゃないってことを教えてくれてる。


「しばらく会わないうちに
随分と泣き虫になっちまったんだな、真奈?」




からかうように言うくせに、
覗き込むその瞳は
あまりにもあったかくて
そのちぐはぐさが、暁月らしくて
でも今はただそれだけで、うれしい。





「暁月のせいだよ。
ずっとずっと…すっごく…
逢いたかった。
だから泣き虫になったのは暁月のせい。」


「はは、なんだよ、それ。」

「…いいの。
暁月のせいなの。」



足りなすぎる言葉を埋めるように、暁月をぎゅうっと抱きしめる。
すると負けないくらいに強く抱きしめ返してくれるから
信じられないくらいにしあわせであたたかい気持ちになってゆく。



「たくさん泣かせて、悪かった。

お前がいつだって呑気に間抜けな顔して笑っていられるようにこれからはずっと…俺がお前を守ってやる。
だからもう…泣くな。」



まっすぐでくもりのない、瞳で暁月が紡ぐ、未来の言葉は
過去しかなかった道に、光を射すようで
うれしくてうれしくて涙が止まらない。







「…っておい、言ってるそばからお前は…!」



泣きじゃくる私を暁月は困ったように笑う。
頬を伝い流れる涙を親指で拭って
そして瞼にちゅっとキスをする。
まるで涙をキスで、閉じ込めるように。




「…言っただろ?
お前は…笑顔の方が似合いだって。
だからお前はいつだって、笑ってろ。
俺の側で…ずっと。」

















2011.7.20
「涙は、時間の海に流して」

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