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□Everywhere
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マンションのすぐ近くの公園。
時計台の下でオレはひとり、真奈を待っている。
真奈はまだオレの家にいる。


なぜ、オレが外で真奈を待っているかというとだな。








今日は4年に一度、この地方挙げての大きな祭が行われる日だ。
この地方の氏神をまつる大規模な祭りで、その時ばかりはこの静かなが、その名の通り祭り騒ぎとなる。

真奈はこの祭を楽しみにしていると言っていたのを聞いたのでな。
それに着れるようにと、オレは馴染みの呉服屋に浴衣を仕立てさせていた。
店中の生地をひとつひとつ見て、その中で一番真奈に合いそうなものを選んでな。


勿論オレが浴衣を作っていることなど真奈には隠しておいた。
その方が驚くだろうからな。


ひと月ほど前に出来上がっていた浴衣を
実際に浴衣を手渡したのは今朝のことだ。

その時の真奈の驚き喜ぶ表情といったら…
まるで幼子のようにはしゃいで、こぼれるような笑顔で
何度も何度も礼を言って、
何度も何度も鏡の前で袖を通して…

オレが想像していた以上の反応をしていた。
本当に可愛らしかった。





だが…
いざ支度をする段になると脱衣所にこもってしまってな。慣れぬ浴衣を一人で着るのは難儀だろうから
手を貸してやる、と言ったのだが
ひとりで着替えると聞かないのよ。


挙句に…


「いい?
絶対に覗かないでね。
着替えたら行くから勘助は外で待ってて」


…だそうだ。


…まあ…その警戒心は称賛に値するかもしれぬな。


手伝いがいらないだけでなく
先に外に行っていろ、とまで言われてしまったオレは
仕方なくこうしてひとりあいつを待っているというわけだ。











長い昼もようやく終わりをつげ、あたりはゆっくり暗くなり始め
公園の灯りにぽつぽつと光が点る。

時計は、なるほど、六時半を指している。
家をでて一時間半、さすがにそろそろ真奈の支度も終わっても良い頃か。

浴衣を羽織り帯を絞めるだけのオレの支度などは
ものの5分も掛からずに終わったのだが…
…やはり女と言うものは、そうはゆかぬようだな。



だがオレは真奈を待つことには慣れている。
ましてや今日は特別だ。

その姿を想像しながら今か今かと待つこともまた、愉しみというものよ。
祭に行くのか、公園には待ち合わせをするアベックが多い。
皆、自分の連れの浴衣姿を見て鼻の下を伸ばし
だらしのない顔をしている。

まったく、しまりのない事だ。

祭の雰囲気に包まれ皆浮かれているようだ。
どの顔にも笑顔が溢れている。










「勘助。」

辺りを観察していると、耳に届く愛しい声。
振り向くとそこには浴衣に身を包んだ真奈が、少し気恥ずかしそうに佇んでいた。

「ごめんね、お待たせ。」






浴衣に身を包んだ真奈は、
普段の真奈とも
初めて会った戦国の世の真奈とも違う。

可愛らしい柄の淡い色が真奈の雰囲気に合っていて、
栗色の髪はきれいに纏められ、かわいらしいかんざしで飾られている。



「…どう…かな?似合う?」



真奈はすこし恥ずかしそうに顔を赤らめながら、オレの顔をみている。
その姿は、
いつも以上に可憐で、たおやかで…
なんと形容してよいのか、わからぬほどに愛らしくて



抱きしめてしまいたくなる。



「ちょっ…と、勘助。
ここ外…」


考えよりも先にどうやらオレの身体は動いていたらしい。
抱擁に驚いて真奈は身を固くするが、意に介すようなオレではない。



「…よく似合ってる。」


抱きしめたまま言葉を紡ぐ。
よく似合っている。
誰の目にも触れさせたくないほどに。



「ああ…良かった…。」


どこかに閉じ込めたくなるほどに



「オレが見立てたのだ。
お前に似合うのは当然のことだ」

他ならぬお前のこと。
判断を違えようはあるまい。


「…うん、すっごく、うれしい。
本当にありがとう。」



背中に回された手にぎゅっと力が込められる。
真奈のか細い手の力など、たいした力ではないが、
オレを悦ばせるには充分だ。

ここまで喜ばれるとは、思いもしなかった。
これはうれしい誤算と言うやつだな。





「遅くなってごめんね。
一回家に帰って、お姉ちゃんに髪の毛やってもらったの。
せっかく綺麗な浴衣だから…」

「そうだったのか。
髪型も、とても似合っている。

…さすが、というところだな。」


越後の鬼姫に瓜二つの姉。
戦国の世で、真奈をこの上なく可愛がっていた
あの口うるさい鬼姫が今の世にいたのならば
そのような姿でオレと会うことをきつく止めたであろうな。



「だから遅くなっちゃってごめんね。」

「気にするな。
お前を待つ時間は嫌いではない。
それに道行くアベックを観察していたのでな。
退屈などしなかった。」





「だからカップル!」

「そうだったな、それだ。カップル観察だ。」

「はは、ほんとにもう!
勘助ってばおじさんみたいだよ。」


真奈は可笑しそうに笑っている。
どうもオレの言葉は
たまにズレがあるようだ。



「カップルの男どもが鼻の下を伸ばしているのをだらしなく思っていたが…
今ではそれも、わからなくないな。」


「ははは、何それ。」

「そのままの意味だ。」


普段とは違う相手の姿に、もう一度惹かれてしまう。

恐らくオレも、道鬼斎と恐れられたあの頃の面影など微塵も感じられないくらい、
腑抜けた顔をしているのだろうな。

だが不思議なことにそんな自分を、嫌いではないのだ。






「勘助、本当にありがとうね。」


「お前が喜ぶ顔が見られて、何よりだ。」


「ううん、浴衣ももちろんなんだけど。

私好きな人と一緒にこのお祭りにいくのが夢だったの。

勘助と一緒にお祭りに行けて、すっごくうれしい。
一緒にいるのが勘助で、すっごく、すっごくうれしい。」







…真奈は時々オレを驚かせる。何千年も生きてきたオレが想像もつかぬようなことを言う。

心臓を素手で鷲掴みにされたように
気持ちが溢れだしそうになる。
そのような時、
オレは真奈を
心の底から愛しいと思う。
千の言葉でも万の言葉でも、言い表せぬほどに。






「…行こう!
そろそろ始まっちゃう!!
場所確保しなくちゃ!」




時計を見れば、もう6時45分。
祭壇に火をともす点火式まであと15分。

祭が本格的に始まる。

独特の雰囲気に真奈の頬は紅潮し笑顔もいっそう愛らしくなる。


「ああそうだな。
いくぞ。」



オレは真奈の腰を抱いて歩き出す。
賑やかな祭り囃のする方へ。


騒がしい雰囲気はあまり好みではなかったが、今はこの雰囲気も嫌いではない。

それは恐らく、こうして真奈と共にいるからなのであろうな。暑い灼熱の砂漠も、凍える氷の大地も
真奈が共にいるのならば
オレは同じように
嫌いではないと思うのだろう。

そのような事を考えながら
オレは祭りにはしゃぐ真奈の愛しい横顔を眺めるのだった。


























「…ところで真奈。
浴衣を贈った者は、その浴衣を脱がしても良いというしきたりを知っているか?」

「な、何そのしきたり?!
自分ルールでしょ?」



「何を馬鹿なことを。
由緒正しいしきたりだ。」


「う、うそだよ!それ」


「まあ嘘か真かは些末なこと。
着付けを手伝ってはやれなかったからな。
脱ぐときは、しっかりと、オレの手を貸してやる。

なに、遠慮などいらぬさ。」



「遠慮って…。」



「安心しろ。
寧ろ着付けるより
どちらかと言うと、脱がす方が得意なのよ。

ゆっくりと、綺麗に…
脱がしてやるからな。」











20116.21

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