main2

□夢の通い路
1ページ/1ページ

勘助は眠る時、私を抱きしめて眠る。
必ず、どんな時だって。
結婚してまだ間もない頃
私はその理由を尋ねてみた。
すると勘助はひとつだけの目を細めてこう言った。

「お前が夢を見ている間も、お前を手放したくないのだ」と。

「オレは夢を見ることがない。
どんなに愛し合おうと、お前の夢の中にはゆけぬ。オレの知らぬ世界で、お前と離れてしまう」

それが耐えられぬのよ、と勘助は笑った。
嘘なのか本当なのかわからない、妖しげな笑みをたたえて。




そしていつしか勘助の中にも同じ時が流れ、その影響なのか、勘助は夢を見るようになった。
歳をとり、夜には夢を見る。普通に近づいたことを勘助は喜んでいるようにみえる。それは私にとってもうれしいことだ。
だけど私は、勘助が時々ひどくうなされていることも知っている。
何かに追われるようにうなされて飛び起きる。その息は普段からは信じられないくらいに荒い。
しばらくして目に映る風景と自分を馴染ませて、夢だったということを悟る。安堵のため息をひとつついた後、勘助は私の頬に触れる。私がここにいることを、確かめるように。愛おしそうに。やさしく。
どうしたの、と問えば、勘助は目を細め、
「お前に会いたくなっただけだ」
と微笑み、小さなキスをする。

そんな日に勘助が再び眠ることはない。
たとえまだ夜は深く、朝までは時間があるとしても。
眠らずにずっと私を後ろから抱きしめたまま朝を待つ。
じっと、まるで忍耐強い岩のように。

そんなことが今まで何度かあった。

いつもは、勘助の胸の中で私はもうひとたびの眠りに落ちる。
だけど今日はとても眠れない。
それはきっと私を見つめ微笑んだその顔がとても悲しそうで、今にも泣き出しそうに見えたから。

飄々とした勘助をこんなにも怯えさせる夢。
どんなに悲しく怖い夢を、勘助は見たのだろう。
私はたまらなくなって。くるりと勘助の方に向き直り、勘助の顔を胸に抱きしめた。

「…大丈夫だよ、勘助」

何があっても、勘助はひとりじゃない。
そう伝えたくて、抱きしめる腕に力をこめる。
私の腕の中でびっくりしていた勘助は、ふっと笑いを漏らした。妖しくも、余裕でもなくて。

「勘助…」

「…オレはずっと時間を持て余してきた。
今は時間が流れるのが惜しくてたまらない」

普通の人間も大変なものだな。やれやれと言ったように勘助は笑い、そしてぎゅっと私を抱きしめ返した。


夢は残酷だ。
無防備な心に襲いかかってくる。
みたくない映像を、イメージを否応無しにぶつけてくる。
眠りという縄で縛られた逃れられない相手にも、容赦無く。
起きていれば考えなければいいだけのことなのだから。
何千年も生きてきたけれど、まだ夢を見始めたばかりの勘助には、悪夢というものは辛いことだと思う。たくさんの悲しいものを見続けてきた勘助だからこそ。
そんな勘助を、私は、守りたいと思った。

「大丈夫だよ、勘助」


私は小さな子供を守るように、勘助を抱きしめる。
しばらくじっとしていた勘助はやがて小さく笑った。

「…ありがとう」

ほんとうに微かな、掠れた声が、振動になって、伝わる。


これから先、私の命がどのくらいあるのか、わからないけど
私の命がある限り勘助の夢を、私が守るから。

昔、奏だった私の手を、あなたが導いてくれたように
夢の通い路を、あなたの手を引いて。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ