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□想いの階(きざはし)
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「あーーーーーーーーーーーーー
旨かったーーーーーーーーーーーー。」



シーフードカレーは大好評。
よほどお腹がすいていたのか、暁月はすごい勢いでカレーとサラダを食べていった。
二回もお替りしてくれたその食欲はまるで嵐が林をなぎ倒して行くようで…
なんだかスカッとするような、気持ちが良いくらいの食べっぷりだった。


「ごちそうさま。
ありがとうな、真奈。」

「お粗末さまでした」

いっぱい食べてくれると、なんだか嬉しくなっちゃう。
長い時間コトコトと煮込んだ甲斐があった。





食後の楽しみにしていたケーキもこれまた期待以上のおいしさで。
甘栗のモンブランは甘い栗のペーストと、ほどよく甘くてしっとりしたスポンジがなんとも言えないハーモニーを奏でて…


「ああーーーーーしあわせーーーーー」





「…ほんとお前、甘いもの食ってる時、めちゃくちゃ幸せそうな顔するよな。」



予想以上の美味しさに、思わず漏れる恍惚のため息。
そんな私を暁月は少し呆れたように笑う。




「だって幸せだもん。」

「そうか。
見てるこっちまで間抜けになりそうだ。」


「間抜けってひどい!」

「はは、冗談だって。」


笑って暁月は私の頭をぽんぽんと叩く。

不揃いなコーヒーカップ。
椅子より直に座る方が落ちつくっていう、なんとも昔の人らしい理由から
ちょっとレベルの高いちゃぶ台のようなテーブル。
だけど、ふたりでこうして並んで一緒にいるだけで
すごく幸せを感じちゃう。



「そういやさ、この間作ってくれたパスタも旨かったな。
なんだっけ、あの名前。
えー、っと…ぺ、ぺ」


「ペスカトーレ?」

「ああ、それ、それだ!
あれもとんでもなく旨かった」



暁月は魚介もパスタも好きだからこれしかないって思って。
そうしたら見事大当たり。
あの時もびっくりするくらいいっぱい食べてくれたっけ。





「本当に意外だよな。
お前が料理上手いなんてな。」

「…なに、その含みのある言い方は。」


「あはは、悪い悪い。
でも、どう考えてもらしくねぇっていうかさ。
むこうじゃそんな感じに見えなかったしな。」



まあ、確かにちゃんと料理を始めたのはつい最近。
レパートリーもかなり少ない。
…だから意外というのは、悔しいけどあながち間違いでない。


「それに『御使い様と料理するのはお祭りみたいだ』って、
いつか瑠璃丸が言ってたからな。」


「る…瑠璃丸くんってば!」

なんとも意味ありげな表現に、瑠璃丸くんのあの笑顔が目に浮かぶ。




「まあ、祭りみたいってのは大変だけどすっごく楽しい、って意味だったんだろうな。」



「あ…あれは竈とか、勝手がわからなかっただけだもん!」



「あはは、まあそういうことにしとくか。」

そう言って、暁月は笑う。
刀儀さん家での騒動を思い出しているんだろう。
その表情は、どこか懐かしそうに見える。






この間の一件は、今までどこかぎこちなかった私たちの関係を変化させた。
今は自然に一緒にいることができる。
昔みたいに、ケンカしながら、それでも離れないで。
それはあの日をきっかけに戦国の時代での話が少しずつ出るようになってきたからだと思う。


今思えばあの日までの私たちはあまりにも不自然だった。
あの時代で出会った私たちが、あの時代の話をしないことがそもそもおかしかった。
ひずみが生じるのも当然だったのだと思う。


私はたまに思う。
ひょっとしたら翠炎が、私たちを繋いでくれたのかもしれない。
あの時代で、そうしてくれていたように。

なんて、何の根拠もないけど…
でも、だからこそ、本当に大事にしたいと思うようになった。
二人の関係を。

暁月という存在を。







「真奈。
ペスカトーレも、今日のカレーも、
また作ってくれよな。」

「うん、もちろん!」


暁月はぽんと頭に手を乗せ、私の顔を覗き込む。
大好きな大好きな笑顔。
よし、もっと上手に作れるように頑張ろう!






























「あ…そうだ、真奈。
来週の土曜空いてるか?」

それからしばらく、取り留めのない話をしていると、
少し冷めかけたコーヒーを飲みながら、暁月は思い出したように突然言った。
「え、うん。空いてるよ。」

「お、本当か。良かった!
その日空けといてくれるか。」

「うん!」

「実はな…」





と、暁月が言いかけた時、
プルルルル…、と、電子音が鳴り響いた。


それは、暁月の携帯の着信音。


「おっと……悪い、電話だ。
ちょっと出るな。

真奈。…俺のケーキ…全部は食うなよ?」



「保証できないかもー。」




私の気配を察したのか、暁月はそう念を押し、頭を叩くように撫でて
3回目と4回目のコールの間に、受話ボタンを押した。




「あ…もしもし、はい。
どうも世話になってます。」


普段より落ち着いた声音。
どうやら相手は仕事関係の人らしい。
腰を浮かし、ジーンズのお尻のポケットから小さな手帳を取り出し開く。

「あ、すみません、少し待ってください。
今すぐに、メール開いて資料だします。」



そういって暁月は電話越しに相手に詫びながら、
リビングを出ていった。








二人でいる時にこういう電話がかかってくることは珍しいことではない。
そんな時は私は邪魔をしないように、静かにして待つ。
ん、暁月のチョコレートケーキもおいしい。





それにしても、さっき話してた来週の土曜日のデート。
ちゃんとしたデートなんて久しぶりだからすっごくうれしい。
映画?買い物?遊園地??
迷っちゃう。


「そうだ!食事はイタリアンにしよう」

そういえばこの間美穂がいいお店があるって
言ってたっけ。

ちょっとメールしてみよう。
来週のゼミは休講だから、美穂にはしばらく会えないし。
まだこの時間なら美穂も起きてるよね。









カバンの中の携帯を取りにいこうと立ちあがった瞬間。


「ぅわっ……いたたたっ!!!

…て!ちょっ…、やば、大変!!」






いきおいよく立ち上がりすぎて、テーブルに太ももをぶつけてしまって…

…その拍子に私のカップが倒れ、コーヒーがこぼれてしまった。





慌てて台ふきんをとってテーブルを拭く。
幸い中身があまり残ってなかったから、そんなに大惨事にはならなかったけど
その近くに暁月が置いたままにしてた手帳。



「うわー、これ濡れてないかな。」

見たところ大丈夫そうだけど…

念のため表紙だけ拭いておこうと手帳を手に取った私は、

……息をのんだ。






私の目に飛び込んできたのは
…一日ごとのスペースに所狭しと、細かい字でびっしりと書かれている、予定。
今月はまだ始まったばかりだというのに、月末までびっちり予定が書かれてる。
ところどころ線で消されていたり、赤いペンで囲われていたり。
枠外にまでも予定が書いてあったり。
細かくて、汚くて、よくはわからないけれど
それでも暁月がどれだけ忙しいかがわかる。
朝早くから夜遅くまで、いろんなところで人と会う約束があったり、調べなくちゃいけないことやらなくちゃいけないことがたくさんある。



「暁月…」


忙しいことはわかってた。だけど
ここまで忙しいなんて知らなかった。
会社を興すって大変だとは思ってたけど、
暁月の毎日は思った以上に大変なものだった。


こんなに忙しいのに、わざわざ私と会う時間を作ってくれてたんだ…。
その優しさに、胸が苦しくなる。

それなのに「奥さんみたい」って浮かれていた
呑気な自分が、恥ずかしくなる。



このケーキだってそう。
ついでって言ってたけど
この店は人気だから買うまでに相当並ばなきゃいけない。
一回行ったけど売り切れで買えなかったって話を、前に暁月にしたことがある。
だからきっと買ってきてくれたんだろう。
お昼を食べる暇もないくらい忙しいのに。

そんな話を、わざわざ覚えててくれたってことだけでも、うれしいのに。




明日だって朝イチでかなり遠い場所に行かなくちゃならないみたい。
その前に作らなければいけない資料とか、手配とか、勉強とか、いろいろあるだろう。
いつもみたいに私を送ったら、きっと戻ってくる頃には一時前くらいになってしまう。
今日だけじゃない、きっと今までずっとそうだったんだ。





仕事のことはよくわからないけど、これだけは言える。


暁月は、私と会ってる暇なんてない。





…ううん、暇があったとしても、
だったら私は。






 
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