□旧き友へ、惜別の唄を
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…久方ぶりだな。
お主とこうしてゆっくり話をするのも。

ああ、真奈か?
あいつは可愛い寝息をたて眠っている。
オレの胸の中で眠る真奈を起こさぬよう閨を出るのには少々骨が折れた。
愛らしくその瞼が震える度、微かな寝息が聞こえる度…
そのまま再び抱いてしまいたくなるのでな。






だが今宵は、旧き友であるお主と一番近づくことができる夜だ。
こうしてゆっくり酒を呑みながら旧交を温めるのも悪くなかろう。


うん?
…オレが薄情だというのか?
確かに真奈に言われるまで今日と言う日の事を忘れていた。
薄情と思われるのも道理かもしれぬな。



万物は生まれては死んで、また生まれる。
その繰り返しで、世界は成り立っているといってもいい。
とかく移ろいやすいこの世の道理から
弾かれたオレにとって
己の満ち欠け繰り返すだけで、変わらぬお主は平安の世からの数少ない友だった。

十数年に一度、こうやって近くで相見えることを楽しみにしていたものだ。





だが旧き友よ。
長年求め続けたあいつが、
ようやくオレのものとなったのだ。

七つ鉤の里でも、政虎の元にいる時も
何度オレの元へ来いと言ったかわからぬ。
その度に断られ、オレはずっと待ち続けたのだ。

オレがどれだけあいつを想い、求めていたかを
旧き友であるお主は知っているだろう?



あいつがようやくオレのものとなった…
この歓びは道鬼斎と畏れられたオレの口上を持ってしても表現しきれぬ程だ。
世界がこんなにも、色彩に満ち溢れていることにオレは最近になって気づいた。

徒に歳を重ねた千年よりも、
真奈と共に過ごしているこの数年の方が、新たな発見が多いというのはなんとも不思議なことよ。

だから、旧き友よ。
どうかわかって欲しい。
お主を蔑ろにしていたわけではないのだ。
ただ真奈と過ごす毎日に、あいつの光に、翳んでしまっていただけのこと。
悪く思わないでくれ。




…それはそうと…
お主、随分と円くなったのではないか?

19年前に相見た時に比べ…なんと言えばいいか…

…そうだな。
満ちているように見える。
「満つる月」…その名が良く似合う。



…そういえば以前真奈に「まるくなった」と言ったら、しばらく口をきいて貰えなかったことがあったな。
オレとしては誉めたつもりだったのだが…
女心と言うのはまこと難しいものだな。




さてオレはそろそろ戻ろう。
真奈が目を覚ました時に、オレがいないと悲しむのでな。
いや…
眠りから覚めたあいつの瞳に、何よりも早く映りたいだけやもしれぬな。









…ああ、惚れているさ。

あいつさえいれば、他には何もいらぬ、
心からそう思う程にな。

そんなオレを嗤うか、旧き友よ。






空も白けてきた。
お主もそろそろ天道に場所を明け渡さねばならぬ頃合だな。


こうしてお主とゆっくり話せてよかった。
ではな。
19年後に…また会おう。

























うん?
ああ…その話か。
分かっているさ、友よ。





「満ちているのはオレの心…だろう?」

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