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□きみのとなり
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とっさのことで頭がついて行かなくても、伝達神経をすっ飛ばして体はすぐに理解できたみたいで。
本能で、安心してる。
本能が、この感覚を求めてた。
私はいつの間にか雅刀に後ろからぎゅっと抱きしめられていた。
「ま、雅刀?」
「お前な…。びっくりさせるな。」
大きなため息をつきながら言う雅刀。
普段は外で手をつなぐことすら恥ずかしがって嫌がる雅刀がこんなところで抱きしめたりするものだからわたしもびっくりしてしどろもどろになってしまう。
「あ、あの、目が覚めちゃってさ。ちょっと夜風に当たりたくて。ごめんね、起こしちゃった?」
と問うけれど答えはなくて、かわりに腕の力が強くなるものだからさらにびっくりしてしまった。
「ま、雅刀???」
呼びかけてもやはり返事はないからどうしたのかとふり向こうとしたその時。

「…いなくなったかと思った…。
もう二度と真奈に会えなかったらどうしようかと思ったら…すごく怖かった…」

ようやく聞こえた雅刀の声は少し震えていて、そして普段からは考えられないような言葉を私に伝える。

「ごめん!ほんのちょっと散歩しようと思ったの!!ごめんね!!」

私の言葉は届いているのかいないのか返事はなく、雅刀はただ私を抱きしめるだけ。
普段ではありえない状況に戸惑う私には一瞬とも一時間とも感じられる不確かな時間が流れる。
そしてその時間に幕を引くかのように、雅刀が私の名を呼ぶ。
今度はいつもより少し低い声で。



「…真奈。
元いた世界に…帰りたいか?」

思わぬ言葉に驚いて振り返ろうとするけど、後ろからぎゅっときつく抱きしめられているのでそれは叶わなくて。
「…頼む、もう少しだけこのままで…このままでいてくれ。」
間違いなく今夜の雅刀はいつもと違う。
強く張った糸みたいに張りつめて、すごく繊細で。

「俺はずっと思ってた。
あの時無理やりにでもお前を帰すべきだったんじゃないか、と。
力づくでも泉にいれてしまえばよかったんじゃないのか。
お前を放り込むなんて簡単なことなのに、できなかった。
21世紀を生きていた人間がこの時代で生きることが容易でないことを一番知っているのは俺のはずなのに。
一緒にいたいと思っていたから。
真奈と一緒に生きたい、と俺自身が強く願っていたから…できなかったんだ。
だが、時がたってもそんな自分勝手な行動にこれでよかったのかと自信が持てずにいた。
間違ったことをしてしまっているのではないかと思っていた。」

雅刀の腕の力がさらに強くなり、私の頬と雅刀のくちびるが近づく。
視界に入った雅刀のくちびるは心なしか震えている。
今夜の雅刀はまるで小さな子供のようだ。

「だがさっき目が覚めたときにお前がいなくて、俺は10歳のガキの頃に戻ったようになにもかもわからなくなって、ただただお前を探した。
真奈がいない、真奈に会いたい、もし真奈にもう会えなかったら…とただそれだけを考えて。」

耳にかかる雅刀の息で私の頬は赤く熱くなっている。
雅刀の言葉が、息が、私のすべてを奪っていく。

「もう、お前を元いた世界に帰すことなんて…できない。
もう俺を、おいて行かないでくれ…。」


雅刀の言葉に動けない私の頬にあったかいしずくが落ちて来た。

雅刀の…涙?

私のこと、そんなにも思ってくれていたんだ。
愛しさがこみあげてくる。
人を愛するっていう気持ちはこんなにもあたたかいなんて。
こんなにも大事に、いとおしく思えるなんて。

私は雅刀の腕をすり抜け向き合う。
しっかりと目を合わせて、そしてそっと口づけて、伝える。
私の想いを。

「ねえ雅刀。
確かに元いた世界は平和に暮らしていける世界だけどね、私が一番落ち着く場所はそこにはないんだよ。
私が生きたいって思う場所は、この戦国時代の、この腕の中なんだよ。
不安定で生きづらい時代かもしれないけど、雅刀がいない世界じゃもう私は生きていけないんだよ。」
幼い子供に諭すように優しくことばを紡ぐ。
袖で雅刀の頬を伝う一筋の涙の跡をぬぐいながら。

雅刀は黙って聞いている。
まるで幼い子供のように、黙ってただされるがままに。
そして私は雅刀に抱きついて。

「愛してるよ、雅刀。
命ある限り、私は雅刀から離れないから。
だから雅刀もずっと、ずっと一緒に。
ずっと傍にいてね。」

そう伝えると何も言わずに雅刀は、強く強く私を抱きしめた。
今度はしっかりと正面から。
ぎゅうっとわたしを抱きしめ、

「愛してる」

と耳元でささやいた、
小さく、でもしっかりと。
そして優しい笑顔で私を見つめた後、優しくくちびるを、私のくちびるに重ねた。
まるで大事なものに触るように、優しく、やさしく。
今まで雅刀としたキスの中でも、一番暖かいキス。
おたがいのくちびるから、愛があふれていくようなそんなキスだった。
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