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□また明日を、願う今日
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私が 御使い様を…好き?

唐突すぎて言葉を理解するのに時間がかかってしまいました。
とりあえずなんとか言葉を返さなければと思い、何とか唇を微笑む形に作り、
「なぜ、そう思うのですか?」
と問いました。
我ながらなんという質問をしたのだろう、と思います。
子供が相手なのだから適当に流してしまうことも簡単にできたはずなのに。
私の口から出てきたのはそんな言葉でした。

「翠炎先生、今日ずっと外を見ているもの。」
とその子は続けました。
驚きました。
そんなこと、自分ではまったく意識していませんでした。
私は今度こそ何も言えずに立ち尽くしてしまいました。


「それにほら。」
と彼女は私の手を指さします。
「今日御使い様はいないのに、なんで御使い様の分まで用意してるの?
それってきっと翠炎先生が御使い様のことばかり考えてたからだよ。」
と彼女は嬉しそうに言います。

驚いて手元を見ると、私は子供たちとは大きさの違う可愛らしい花の模様のついた湯呑みを持っていました。
そして今まさに私は、その湯飲みにお茶を注いでいたところだったのでした。



この湯呑みはこの間子供たちのものを買いに行った時に、御使い様用に一緒に買ったもので。
子供たちの湯呑みをひとしきり買い終わった後、

「御使い様の分もお選びくださいね」

と私は言いました。
私の家には余分な器がなかったので、御使い様にはいつも暁月用の湯呑みを使わせてしまっていました。
私はずっと申し訳なく思っていたのです。

私の言葉を御使い様は大変喜んでくださいました。
女性用の湯呑みをいろいろ出してくれるよう私が店主に頼み、それを待つ間御使い様は
「ありがとう、翠炎!!!」と満面の笑みで、何度も何度も私に仰るのでした。

店主が出してきた品々を真剣な眼差し吟味している御使い様の横顔を、私はお可愛らしいと思いながら見ておりました。
手に持っては眺め、元の位置に戻し、そしてまた手に持って…ということをしばらく繰り返した後、
「これがいい!」
と私に湯呑みを差し出して来た御使い様はとてもきらきらした笑みを浮かべていて。
それを見て本当に愛らしい方だと、思っていたのを覚えています。

御使い様は余程嬉しかったのか私の家に戻ると小刀を使い、湯呑みの側面の目立たない所にご自分の名前を一生懸命彫ってらっしゃいました。
そして
「これは私のだからね。
ずっとここに置いておいてね!」
と少し照れたように、でも真剣なお顔で、私に言うのでした。
湯呑みひとつでこれほどまで喜んでくださるなんて、なんて欲のない方なのだろうと私は思ったものでした。







私は手にした湯呑みをしみじみ見てみました。
そこには大きく

ま な

と彫られています。
慣れない小刀で彫ったために、彫られた文字はお世辞にも上手とは言えませんが、御使い様らしく元気で素直な文字です。
私は御使い様の名前を指でなぞりながら、湯呑みを眺めていると、あの時の御使い様の一生懸命なお姿を思い出してなんだか温かいような苦しいような、そんな気持ちになりました。


そんな私を見ていた女の子は嬉しそうに、私の耳元に来て小声で言います。

「それにね、翠炎先生今日ずーっと寂しそうな顔してるよ。
御使い様の事が好きだから、会えなくて寂しいんでしょ?」





彼女の言葉に、私の時は一瞬止まりました。
寂し…い?
私は、まるで心の奥深くにある静かな泉に小石を投げ入れられたような、そんな感覚を覚えました。
そして私の中の何かが音を立ててはじけたような、うっそうとしていた靄が晴れてゆくような、
そんな感じがしました。

私は気付きました。
御使い様に会えない今日は何かが足りなくて。
自分の何かがその何かを見つけられなくて。
でも今わかりました。
私は、御使い様に会えなくて寂しいです。
寂しいという感情なんて遠い昔においてきたはずだったのに。

私は…
御使い様に会いたいと思っています。
御使い様を恋しく思っています。
おそらくこれが好きという感情なのでしょう。
私は御使い様の事を好きになってしまっていたようです。
私は失うことに慣れすぎていて自分の気持ちに鈍感になっていたのでしょうか。
一度認識してしまうとその想いは、不思議と今までずっとそこにあったかのように否定の余地がないように思えました。
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