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□笑顔が向かう先
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「ま・・な…。」

「あの、ちょっと洗濯物を取り込みにきてて。
…ごめんよく寝てたから…勝手にお邪魔して…ます」

狼狽している真奈。
ふと気づくと、布団が掛けられていた。

「ああ、そうか、ありがとうな。」



聞かれてしまったかもしれない。
俺は何事もなかったようにふるまう。
これが一番いい対応だ。



すると真奈はこちらに近寄ってくる。
「あの…雅刀。
…さっき真奈って。」



俺の思惑を無視し、言いづらそうに尋ねる真奈。
俺の横に腰掛け、顔を覗き込む。
まっすぐできれいな瞳で。
そんな顔で、俺を見るな。



「なんでもない、お前には関係のないことだ。」

荒くなる語気に自分でもびっくりする。

「…悪い。なんでもないんだ。」

「…そっか…。
…なんでもないなら、いいんだけどさ。」


なんでもないなんてよく言えるよな。
やるせない気持ちに、目を伏せる。
小さな沈黙。



すると額に何かが優しく触れた。
何かと思って顔を上げると。


「ふふっ。
雅刀、すっごい汗。」

真奈が今取り込んだ手拭いで、俺の額をそっと拭いてくれていた。

「ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃうよ。」
といって真奈は、俺に笑いかける。
大好きだった、あの笑顔で。




会いたかった、もう一度会いたかった大好きな笑顔がこんなに近くにある。
俺は胸がいっぱいになって、苦しくて、うれしくて。



俺は真奈の手を掴み、自分の元へ引き寄せていた。


「ま、雅刀?!」

「悪い…夢を見て少し気が立ってるんだ
少しだけ…こうしててくれ。」
というと。
真奈は驚いて一瞬体を固くする。

そして真奈は、ふふふっと小さく笑うと、俺に体にそっと腕を回してきた。
まるで、俺を胸に抱きしめるように。

「…怖い夢、見ちゃったの?」

優しく響く真奈の声。
まるで小さい子を諭すような優しい声。
真奈の思わぬ行動に、今度は俺が驚いてしまうが、そっと胸に顔をうずめ真奈の腰に回した腕に力を込めた。

力を込めると壊れてしまいそうな、柔らかくて細い腰。
こいつの体が、こんなに頼りないものだなんて知らなかった。

「…雅刀にもかわいいところがあるんだね。
なんだか元いた世界の歳の離れた生意気な男の子の事、思い出しちゃった。」

といってふふっと笑う。
なんだか心が暖かくなる。

「ありがとうな。」

俺は、そっと真奈から腕を離す。
名残惜しいが、仕方ない。


「ううん…なんかうれしい。
雅刀に、なんだかちょっと距離を作られてる感じがしてたから。
もっと近づきたいのにって思ってたの。
…だからなんか、うれしい…」

満面の笑みを浮かべる。
花がほころんだような、そんな笑顔を。
その笑顔が愛しくて、どうしようもないほど愛しくて。

真奈の手に自分の手をのせて、そしてゆっくり唇を近づけてゆく。
薄く開いた真奈の唇が、暗黙の了解のように感じられる、そんなあと数センチのところで。







「おーい雅刀!!
御屋形様帰っていらしたぞ」

暁月の声が聞こえ我に返る。
いつの間にか暁月が庭に立っていた。

「ん?
お前ら向かい合って何してるんだ?」

「い、いや、なんでもない。

今いく。」
俺の声は裏返ってしまった。

「ははあん、こいつに絵を描いてくれってせがまれてたんだな。
やめとけやめとけ。
第一お前、書いてもらう間ずっとじっとしてるなんてできないだろ。

「う、うるさいな!
できるよ、ってか暁月って本当にどこまでも嫌なヤツ!!」

「なっ!
…そこまで言わなくたってよくないか?」

ショックを受けている暁月をしり目に。
もう一度真奈と目が合うとふふっといたずらっぽく笑う。
…なんだかひどく照れ臭い。

「さて、私もそろそろいかなくちゃ!」
「ああ。」
「じゃあまたね、雅刀。」

立ち上がりバイバイと手を振って真奈は外へ出ていく。


「真奈!!」
徐々に小さくなる背中。
それを見た俺は、
去っていくあいつをとっさに呼びとめてしまった。
真奈が振り返り、向かい合う俺たちに少しだけ流れる沈黙。

「…ありがとうな」

引き留めたくせにそんな凡庸な言葉しか出ない。
なんで呼び止めたんだ、俺は。

「ううん、わたしも…ありがとう。」

と言うともう一度笑って。
そしてまた歩き出して行った。

「なんなんだよ、ほんとに。」
と言って真奈を後ろから追いかける暁月。


ああ、俺は、もう一度この笑顔が見たかったんだ。
本当は誰にも見せたくない、あの笑顔を。

今ならわかる。
あのモヤモヤの正体は、嫉妬。
俺の大好きなあの笑顔を、独り占めしたいという子供じみた思い。








真奈たちがいなくなって少ししてから俺は御屋形様の家へ向かう。

気を抜くと顔がニヤけてしまう俺は、秋夜のことを言えた義理ではないことに気づくのだった。
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