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□見えない、あなたしか(前編)
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はあ…。

金曜の午後の授業の3分前。
これさえ終われば待ちに待った休日…なんだけど。
一週間の締め括り金曜5・6限目には、一週間で一番大変な授業が待っている。

そもそもこの金曜5・6限というのは選択授業の時間で、皆が音楽やらダンスやら、自分の趣味にあった半分娯楽のような授業を選択しているのだが。

私が選択しているのは…特別英語。


この授業は、うちの学校史上最も難易度が高いと言われている。
楽して単位を取れる選択授業の枠で、敢えてこの授業を取る人は極めて少なく、学年全体で10人しかいない。

その10人というのは、東大や一流大学医学部なんかを目指してる成績トップクラスの子9人、と…平均点以下の私。


そんな難易度の高い授業に、なぜ平均以下の私が参加しているのか。
その理由は。




「この映画のセリフを全て聞き取り、ワードに入力して提出。
有難いと思えよ、たかがこのような課題に一時間半もくれてやるのだからな」

不敵な笑みをたたえながら、生徒にとんでもなく高度な課題を押し付けているこの白衣のドS教師、山本勘助が私の彼氏だからです。


悲劇の始まりは4月の履修選択の時。

「何にすべきか…そんな事は言わずともわかっているな?」
妖しく微笑む勘助の一言で、私の自由選択授業は強制選択授業に変わった。



この特別英語は本当に辛い。
毎回何を言っているのか、いや、いま何について話しているのかすらもわからないほど私の理解を超えていて。
当てられても勿論答えられない。
そしてそのたびに優等生たちから送られる
「なんでこの人この授業とってるんだろう」的な視線が痛いのなんの。

場違いだってことは私が一番感じてるから!!
私だって普通の子みたいに、ダンスとか音楽とか楽しい授業を選択したかったよ!


そんな地獄の選択英語は映画のリスニングなのでパソコン室で行われる。
一人一人に配られるDVD。

…何この難しい名前の映画。
タイトルからもうわからない。
すると私の前にだけどさっと沢山の資料が置かれた。

「白羽の分は特別に英語字幕付きにしておいてやった。
リスニングはいい。
お前は字幕を見て訳せ。
この資料を見ながらなんとかやってみろ。
これをリスニングするのは、お前にはさすがに無理だろうからな。」

勘助は私を見てにやりと笑う。
はいはい、お気遣いありがとうございます。



すると周りからはクスクスと笑い声が聞こえ出す。
いや、そりゃ、事実だけどさ…。
そんなに笑われるとさすがに少し傷つくんですけど…。


「まあ確かに君では無理だろうな」
私の前の席の高坂君が私をチラリと見て言う。
…いやな奴。
見下した目で私を見ている。
ちょっと成績がいいからって。

すると勘助は高坂君の方へゆっくり近づく。
「何か言いたいことがあるようだな、高坂。

特別に、俺が聞いてやろう。」
冷たく微笑みながら言う。
心なしか張りつめる空気。


「い、いえ、何でもないです」

勘助のそら恐ろしい雰囲気にたじろぐ高坂君。
勘助の声に周りの嘲笑もぴたりと止む。
…この人本当にドSだ。


「ならばよし。
でははじめ。」

勘助の一言で生徒たちは一人一台与えられたパソコンを起動し、ヘッドホンを装着するとDVDを再生する。


このパソコン室は横に三列、縦7列で、計21台のデスクがある。
成績順に座らされている。
私の席は4列目の左側。
お隣さんはいません。

…なにしろ成績順、だからね。はぁ。




開始三分、徐々にカタカタカタとキーボードをたたく音が響き始める。



…私はというと。 
まだパソコンの起動に戸惑っていた。


「あれ、これってどうするんだっけ?」

起動方法すらわからなくて私は前の席の高坂君を覗き込むが、彼はもう映画を見て訳し始めていて。
私の視線に勘づくとうっとうしそうに手で追い払う。

ああもうどうしよう!



「何をしているんだ白羽。
もう皆とっくに課題を始めているぞ。」

勘助が近づいてくる。
私が機械音痴なの知ってるでしょ。

「す、すみません。
ちょっとやり方わからなくて。」

勘助はふっと笑うと私の机に来て、パソコンを起動してくれる。

「お前…それでも現代人か。」
まったく、と鼻で笑う勘助。

「す、みません。」

わ、笑わないでよ。



でもとりあえず起動はできた。
次は…DVDを入れるんだよね。


うーん…。
どこから?

ここ?あれ、違う、変なの出てきた。
じゃあここ??

ああもうっわかんない!

過ぎていく時間に焦って挿入口を探していると突然。





「やっと会えたな、真奈。
今日はなかなか会えなくて、寂しかったぞ。」

いつの間にか後ろに回り込んだ勘助に、

耳元で低く囁かれた。




「・・・わっ!」

思いもかけない突然の耳元への睦言に驚き、私は手に持っていたDVDのケースを机の上に落としてしまった。
ガシャンと大きな音を立てるDVDケース。
その音に皆が振り向き、またあいつか、という顔で私を見ている。
優等生たちもこの課題に苦しんでいるようで、みんな相当苛立っている。


「ご、ごめんなさい…」

私は小さくなって謝る。
いつも邪魔ばかりして本当にごめんなさい、みなさん。



そんな私を見て勘助はふっと笑うと。

「白羽にはパソコンのやり方から指導が必要なようだ。
俺が教える。
皆は各自の課題に戻れ。」

とみんなに伝えた。
その声にみんなは思い出したようにパソコンに向かい、再び課題に取り掛かり出す。




びっくりした・・・。
…突然変なこと耳元で言わないでよ、もう!




って、やばっ!私も早くやらなくちゃ。
っていうか結局挿入口はどこ??


私があわてて探していると、後ろから手が伸びてきて、パソコンについているボタンをポチっと押す。
「…ここだ。

…まったく、お前は。
本当に落ち着きのない女だ。」

ウィーンとDVD挿入口が開いた。

「あ、ありがとう」

勘助は微笑みながら空いたもう片方の手の指を私の髪に絡めている。

ち、ちょっと何してるの、勘助!
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