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□恋人たちのコンビニ
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「もしもし、今駅着いた!
走って階段降りるから後30秒でそっちに行ける!
ごめんね」


『走らないでいいから、ゆっくり来い。
お前、転ぶなよ〜』


電車を降りたと同時に暁月に電話する。
焦る私を宥めるようにケラケラと笑う暁月。


転がるように階段を下りて改札に向かうとそこには赤い髪。
一目散に暁月の元へ駆け出す。


「ごめんね、待たせて!思った以上に長引いちゃって…」


「気にすんな、おつかれさん。」

にかっと笑って暁月は私の頭をぐしゃぐしゃにする。
服装や外見は変わっても、その明るい笑顔は戦国時代で見たそれと変わらなくて
すごく懐かしくて、嬉しい。





暁月と再会できたあの日から5日。
信じられなくて、夢じゃないかって何度も思って、
嬉しい分だけ不安になってしまっていたけど
5日経ってようやく暁月がここにいるという奇跡を
受け入れられるようになってきた。

今日は金曜日。
初めて暁月の家に泊まりに行くのでワクワクしてたのに、
そんな今日に限って5限の後にガイダンスが入って。
予定より二時間遅れての待ち合わせになってしまった。



暁月の住んでいる街は都会すぎず田舎過ぎない、感じのいい街。
この時代で暁月と一緒に歩けるなんて思ってなかったから
たわいもない話をしながら一緒に歩く…
ただそれだけで、
言い表せないほどの幸せを感じてしまう。



「あ、いけない!
コンビニ寄っていい?
近くにある?」


私はうっかり忘れ物をしてしまっていた事を思い出した。


「ああ、ここの角を曲がったところにあるぞ。
どうかしたのか?」


「うん、お泊まり用のメイク落としとかのセット忘れちゃったの!
買わないと」


楽しみで昨晩遅くまで眠れず案の定寝坊をしてしまった私は、
テーブルの上に出しておいたトラベル用セットを鞄に入れ忘れてしまった。

「ははっ。
確かにそれは俺の家にはないな。
しっかし化粧なんて、お前も色気付いたもんだな。」

にっと笑う暁月。

「そりゃあもう19歳だもん。お化粧くらいするよ」


「ふーん…お前はしなくても良さそうなもんだがな。」

「ん?何か言った?」

「ああいや、別になんでもない。
ほら、ここだ。」


話をしているうちにあっという間に着いた青い看板のコンビニ。
私はちょこっとした化粧品がおいてあるコーナーへ、
暁月は飲み物が置いてある方へ行った。


ひとくちにお泊まりセットと言ってもいろいろある。
お姫様の絵が印象的なもの、かわいいキャラクターのもの、大手の化粧品会社のもの…


一日の事とは言え、こういうのって地味に悩んでしまう。







「おーい。
決まったかー。」

しばらくして暁月がこちらへやってくる。
カゴには飲み物やお菓子が入っていた。

「お前は緑茶で良かったか?
適当に選んでおいたぞ。」

「あ、うん、ありがと。」

私は未だに悩んでいる。
2択にまで絞られたお姫様のものと大手のものを左右の手に持って吟味している。



「俺にはどっちも同じに見えるけどな。」


暁月は私の手にあるものを見て言う。

「違うよ。
化粧水とかで肌の調子かなり変わるもん」


「ふぅん、そういうもんなのか。」

よくわからんと言わんばかりの相槌をうつ暁月。
女ってのは結構大変なんだよ。




「なあ、真奈。
これも、化粧…水?とかってやつか?」

辺りを物色していた暁月が何かを見つけたらしく、未だに悩んでいる私の所へやってきた。

「ああ、うんそうだよ。
それの携帯用が、これ。」


暁月が手に持っていたのは、私が手に持ってるお泊まりセットの化粧水の通常サイズ。




「よし、じゃあこれな。」

それを聞いた暁月はその化粧水のボトルをカゴに入れた。

「え!ちょっと待って…」

「なんだよ。
お前が買おうとしてたやつと同じものなんだろ?
だったらこっちの方が大きくて何度も使えていいじゃねぇか。置いておけばいいだろ。
どうせこれからしょっちゅう来るんだから。
ほら早くいくぞ、腹減った」


面倒くさそうにそう言うと暁月は
レジへと歩いて行った。



なんの気なしに口から出た暁月の言葉。
暁月の中の未来に当たり前のように
私がいることが
世界中の花が一気に咲いたように嬉しくて
幸せな気分になる。






「おし、行くぞ〜。」

早々と会計を済ませこちらへ向かって来る暁月に走り寄る私。
「暁月、大好き」
「な…なんだよ突然。
具合でも悪いのか?」

と暁月は憎まれ口を叩く。
だけどそう言いながらも無言で手を繋いでくれるから
その憎まれ口が照れ隠しなんだってわかって、
もっともっと幸せな気分になる。


私たちにはなかなか訪れない、
甘い甘いムードに包まれながら家までの道を歩く。
…やっと恋人になれたんだね、私たち。
暁月の頬は赤いけど、きっと同じくらい私も赤く染まっているのだろう。
甘くて少しだけ恥ずかしい幸せな沈黙が私たちの間に流れてゆく。












そんなムードに浸りながら歩いていると、突然暁月が何かを思い出したように立ち止まった。


「暁月?どうしたの?」

「いや、ちょっと買い忘れたもの思い出しちまった。
俺もう一回コンビニ行ってくる」

「あ、じゃあ私も一緒にいくよ!」

咄嗟に言う。
そこまでたいした距離なわけでもないから戻るのは骨でもない。


「い、いや!だめだ!
お前はここで待ってろ。
すぐ戻るから!いいな?」


なんだか異様な剣幕でそう言い残すと
暁月はすごい速さで駆け出していった。
すれ違う人はその速さに何が起こったのかわからない様で、きょとんとしている。




「あ!
結局メイク落とし無いよ!」

嬉しい言葉に舞い上がっていた私は、うっかり化粧水しか買っていなかった。
セットではなく、単品で買ったことを忘れていた。


結局私もさっきのコンビニに走って戻る羽目になってしまった。



コンビニに入ると、レジへと向かう暁月の姿がちらりと見えた。

私は適当なメイク落としを手に取って暁月に近づく。
なぜか入口を警戒している暁月は
背後にいる私の存在に全く気付いてないみたい。


「暁月っ!!!!」

「うわああああああ!!!!」

驚かそうとしたこっちが驚く位、大声をあげて驚く暁月。


その時暁月の手からカタっと何かが落ちた。


「びっくりしすぎ〜!
ん?これが忘れたもの?」


私は暁月が落とした箱型の何かを拾おうと屈む。



「う、うわ、こら、やめろ!!」

慌てた暁月がそれを制止するがもう私の手は
その“何か”を拾い上げていた。

それは…







……






…暁月…






「……。」
「ば、ばか!違う、これはだな、念のためというかだな。
別にそういうことがしたくてお前に家に来いって言ったわけじゃ…いや確かにやりたい気持ちはあるが…
いや、語弊だ、なんと言うか、…」

なんとか弁解しようとする暁月だが
話せば話すだけ墓穴をほってゆく。

「へぇ…。」
「な、なんだよ、その目は!信じてないだろ
俺はだな…」




「あのー…買うんスか買わないんスか?」

早くしろと言わんばかりの金髪の店員の声。

突然の声に慌てた暁月は

「く、ください!」

という大きな声と共にその箱を店員に渡した。


店員は無言で箱と暁月の顔を交互に眺める。


「…1200円でーす」







「……。」

コンビニを出て歩く私達をさっきまでとは違う、なんとも言えない沈黙が包む。
微妙に空く二人の距離。

「…いや…真奈。
ほんとに、あの、これは念のため、だからな、
もしいつかそういう時が来た時に、なんつーか、こう焦らないようにするためだ、ああそうだ、そうだとも。
そ、そんな、すぐ、みたいなんじゃ…」


いかにも今考えました的な言い訳に笑いが込み上げる。

私だって暁月とそういう事したい。
少し怖いけど大好きだから繋がりたいと思う。
今回の事も暁月が私を思ってくれるが故の行動だからすごく嬉しい。
だけど…あまりの動揺についからかいたくなっちゃう。


「そうだよね、いつかのために置いておけばいいんだもんね?」

「…ああ。」


私の意地悪な問いに元気のない返事が返ってくる。
目に見えて落胆している。

「お腹すいちゃたね。」

「…ああ。」

「早く帰ろう。」

「…ああ。」

「暁月。
私…暁月になら、いいよ。」

「…ああ。

ええっ?!!」


「でもまぁ、置いておくんだもんね?」


「あ……ああ…。」


表情をころころ変えて一喜一憂する暁月に思わず吹き出すと、顔を赤くした暁月に頭をぐしゃぐしゃにされる。
慣れたこの雰囲気に自然と笑顔が零れる。
暁月にもいつもの笑顔が戻っている。
二人で笑い合えるこの感じが、私達には一番合っているのかも。





結局その日例の物が使われたのかどうかは
…それはまた別の話で。

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