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□眠れない夜に、やくそく
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金曜の夜。
短大が終わった後に暁月の家に泊まりに来た私は。
なぜか眠れずに、
ベッドで天井を眺めている。

デジタル時計は夜中の3時を知らせている。


狭いシングルベッドの隣では間抜けな顔をした暁月が呑気に眠っている。
明日は土曜で仕事も休みだから、ちょっとくらい…いいよね?






「暁月…ねぇ暁月。」









んがぁー…んがぁ…








平和ボケしているのか暁月は揺さぶっても反応はない。
反応しないどころか気持ち良さそうにイビキすらかいている。



「もう、暁月ー!」

元軒猿とは思えないよ。


このままじゃ起きそうにないから強行手段に出ることにした私は、
その整った鼻をつまんでみる。







……








「ん…んぬうがぁ…っ!!」








しばらくして苦しくなったのか
足をバタバタとしながら
慌てて飛び起きる暁月。








「…目、覚めた?」



驚いたあまりハァハァと少し荒い呼吸をする暁月。




さっきまでずっと一緒にいたのに
なんだか久しぶりに会う時のような気持ち。

すごく嬉しくて思わず笑顔になってしまう。









「あぁー…びっくりした…
…もう朝か?」




「ううん、まだ3時」






「…なんだ‥どうかしたのか?」


目をこすりながらそう言う暁月の声はいつもより鼻にかかっている。




暁月が手を伸ばしてライトをつけると、
柔らかなオレンジの光が私たちを包む。





「ねぇ暁月。
なんかね、眠れないの。
私が眠るまで一緒に起きてて?」




「お前な…無茶言うなよ
…眠い…俺は…」


「待って!一人にしないで」


目を閉じて、再び寝転ぼうとする暁月に抱きついて止める。




「お願い〜。
暁月が起きてくれるまで寂しかったんだよ」



ぎゅうっと腕に力を込める。
せっかく一人じゃなくなったのに、また一人になるなんていやだよ。


「あーもうっ、わかったわかった!」


ボリボリと頭を掻いて面倒臭そうに言う。


「ありがとう暁月!」



なんだかんだ言ってもいつだって暁月は優しい。
戦国時代にいた時も、こうしている今も。


「ずっとだっこしててくれる?」

ちょっとお願いついでに欲張ってみる。

そんな私の言葉に暁月は方頬だけで笑うと
私の両頬を摘まんで左右へ引っ張る。


「…お前な…、調子にのってると俺一人で寝ちまうぞ?」

「うほれす、ごめんらさい」


…優しいけど調子にのる私に制裁も忘れない…。












「ほら、寝るぞ」

暁月はごろんと横になりライトを消そうと手を伸ばす。

「あっ、ちょっと待って!」


慌てて寝転ぶと、私は暁月の肩に頭を乗せる。
ここは、私だけの特等席。

「はい、いいよ。」


暁月は少しだけ戸惑いながらも、私の肩を抱きよせ、その手で頭を撫でる。
恥ずかしいのか、その手は少し乱暴。


「…じゃあ消すぞー」


暁月が手を伸ばしライトを消すと
一気に辺りは暗くなる。

明るさに慣れたせいで
辺りを包む闇はさっきより深く感じられるけど
全然怖くない。









「そもそも何でそんなに眠れないんだ?
いつも俺より早く寝付くじゃねえか。」


徐々に暗闇に目が慣れて
隣の暁月の顔が見えるようになってきた。



「わっかんない。」


「…真奈、今日短大の授業はなんだった?」

「えーっとね、哲学と論理学と…フランス語だったかな?確か」


「…原因は寝すぎか」


「…そうかも。」


クスクスと鼻先をくっつけて笑い合う。

さっきまでの不安はいつの間にか跡形もなく消えていた。




「お前、将来の夢とかないのか?」




「唐突にどうしたの?
学校の先生みたいな事聞いて。」




「いや、そういえば聞いたことないな、と思ってな。
将来何になりたーい、とか
こうなりたい、とかっていう夢。」


「うーん。
特にはないかな。」




「典型的な現代の若者、ってやつだな。」


ははっと笑う暁月。
戦国時代出身の暁月に現代を語られちゃった。


「でもまあ、まだ時間はあるんだからゆっくり探していけばいいんじゃないのか。

もらと‥り…あむ?ってやつなんだろ、今は」


「何それ?歌手の名前?
海外の人?」



呆れたように小さくため息をつく暁月。

特に意味もなく手を空中に伸ばすと
その手は暁月の手に捕らえられ、自然とお互いに握り合う。
ちょっと幸せを感じてしまう。




あっ…





「あった!
ひとつだけあった、なりたいもの」


暁月と触れ合った瞬間に
私の願う事がわかった。

「おっ!
良かったな!
いったいなんだ?」



「夢ってゆうか願い、かな?」


「願いでもいいぞ、言ってみろよ。」



「笑わない?」


「ああ。
笑わねぇよ。」


暁月の目に私が映る。
私だけが映る。
世界中で私だけが暁月を独り占めしている、幸せ。



「あのね、
…暁月とずっと一緒に、こうやって一緒に眠れますようにって。」


願いを口に出す。
少し恥ずかしいけど
これが私の、心からの願い。






「って…あれ、暁月?」



暁月は動かない。
表情もなにもかも、さっき見た時のまま。




「…か‥」

やっと動き出した暁月の口からでたのは
よくわからない細切れの言葉。


「か??」


少しずつ赤くなって行く暁月の顔。
その言葉の続きを紡ぐ代わりに
暁月は私の腰に手を回し抱き締める。

力強い腕でぎゅっと。







「…お前は…
不意打ちにも程があるんだよ、いつも。」


「不意打ちは…暁月の方だよ…」


びっくりしたのは突然抱き締められた私の方だよ。







柔らかく流れる沈黙。
心地よい…沈黙。








「…真奈。
授業中寝てばかりいないで、ちゃんと先生の話聞けよ。
…絶対、落第なんかするなよ。」






「もー!こんな時に留年の心配しないでよー!
本当に乙女心がわからないんだから。
大丈夫、ちゃんと2年で卒業するから」




暁月の口から出た言葉は
今の甘い状況からは考えられないような
ちぐはぐなもので。
相変わらずのムードの無さに思わず笑ってしまう。


「…ったく。
まあ‥いいか。」




そんな私に暁月は
なぜか少し呆れたようなため息をついて、そしていつもみたいにははっと笑う。


「…じゃあ、約束しろよ?
ちゃんと2年で卒業するって。」


私の返事を待たずに
暁月はそっと唇を近づける。
目を瞑って応える、それは
優しくて甘い約束のキス。



「約束、したからな。」

唇を離して暁月が言う。

「…うん、わかった。
ちゃんと勉強して卒業するね。」





私の言葉に暁月は困ったように優しく微笑むと、
私の頬や鼻や唇に沢山のキスを降らせる。




暁月の優しい唇の感触と声音は
まるで睡眠薬みたいに私に作用して…




…さっきまで待ちわびていたはず眠気が…
まだ起きていたい…今になって唐突に訪れて‥
…まぶたを重くしてゆく…









「…暁月ー‥おやす…み」


「へっ?!嘘だろ?!」






驚いたような暁月の声を遠くに聞きながら
その胸の中で暁月の暖かさを感じながら

私は幸せな眠りへと落ちてゆく。























「…本当にもう寝ちまいやがった…。
ったく、何が『暁月〜っ眠れない〜』だ。


…ってゆうか今度は俺が眠れなくなっちまったじゃねぇか。」





もう時計は4時を指している。冬だからまだ陽は昇らないが、
気の早い鳥たちの声が聞こえ始めている。






「…後2年、か…。

…あの約束の意味…
…きっとわかってねぇんだろうな…コイツ」



隣で眠る真奈は健やかな寝息をたて始めている。
この幸せそうな間抜けな寝顔を毎日見れるようになる時を
心から待ち遠しく思う。





そんな眠れない夜。
 

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