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□眠れない夜に、繋がる思い出と言葉、幸せなおとぎ話の結末
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「…真奈…?
眠れないのですか?」



「あ、ごめんね、翠。
起こしちゃった?」


「いいえ、たまたま目が覚めただけです。
気にしないで。」



少し鼻にかかった、柔らかい声音。

翠は、なかなか寝付けずにいた私の気配で目を覚ましてしまったのだろうに、
私に気を遣わせまいとしてくれる。

目が覚めたその瞬間から、
翠は優しい。

















「…なんだか眠れないの。」


「それは…いけませんね。
昼寝でもしてしまいましたか?」


「昼寝なんてしないよ。
もう、子供扱いするんだから。」

「これはこれは、失礼しました。」

私が冗談ぽく怒ってみせると
翠は柔らかい声で笑う。


翠の困ったような、その笑顔が
私は大好きなの。







今日は金曜の夜。
私は翠のマンションに泊まっている。

私が泊まる時、
翠はいつも私にベッドを譲ってくれて

自分はそのすぐ下に布団を敷いて眠る。







その距離は翠の優しさで
…そしてその距離は私を寂しくさせる




「…ねえ、翠?」

「どうしました、真奈?」

「こっちに来て一緒に寝て?」



そんな私の願いに
翠は一瞬驚いた顔をして…


そして静かに首を横に振る。



「それは…できません。」


「…なんで?」


「なんで…って…
…真奈…。
駄目です、それは。
ね、分かってください。」


眉を下げ困惑する翠。

…翠が私を大事に思ってからこそだってことはわかってる。

だけど…


「…いやだ、側に来て?」


「…真奈…」



私を諭そうとする翠は
苦しそうな切なそうな表情をしている。
そんなところも翠炎に似ている。




「…わかった。
じゃあ翠はそこにいて。

私がそっちに行く。」



私はするりとベッドを抜け出して翠の布団へと潜り込む。
床に薄い布団を敷いているだけの寝床は
背中が痛い。
こんなところで翠は寝ていたんだ。


「…真奈…」

飛び込んだ私に驚きながらも、
ぎゅうっと抱き締めてくれる
翠から漏れる吐息は切なさを孕んでいるようで。



「…嫌だった?」



今更少し不安になってしまって私は尋ねる。

すると翠は小さくため息をつき

静かに微笑んで首を振る。



「…嫌な訳なんてありません。」

「良かった…」

「…でも…」

「…でも?」


「ふふっ…ありがとうございます。」


「こちらこそありがとう。」

翠に回した腕にぎゅっと力を籠める。

「背中、痛くないですか?」

「うん…大丈夫。」


翠と一緒だから痛くない。
包まれるように抱き締められる、私の身体。


「真奈は…いい香りがします。」

「翠からも同じ香りがするよ。」


おんなじシャンプーの、おんなじ香り。

そんなささやかな事にも幸せを感じて
鼻先をくっつけて
二人で笑い合う。










「どうして眠れないのでしょうね?」


「わからない、なんだか怖いの」

私は隠れるように翠の胸に顔を埋める。
頭を撫でる翠の大きな手も、
温かい胸も
みんなみんな大好き。



「…じゃあ真奈が眠りにつくまで、こうして抱き締めています。
それならば怖くないでしょう?」

「…うん」


その胸に守るように私を抱き締める翠。
暖かい胸と鼓動が私を安心させてくれる。





「ね、翠、何かお話して。
おとぎ話。」

「おとぎ話…ですか?」


きょとんとする翠。


「そう、シンデレラとか白雪姫とか…そういうおとぎ話。
翠の声で聞いたら眠れるかもしれない。」




翠は少しだけ考えた後、
すぐに柔らかな笑顔に戻った。


「…わかりました。
では、とっておきのお話を」


「やった!」

翠は静かに笑うと
私がしきりに動くせいでズレてしまうブランケットを
翠は私寄りに掛け直す。
首元まで包まれて温かさが広がる。


「どうもありがとう。」

私のお礼に微笑みで応える翠。






「では、始めます。
これは、きっと誰も知らない話です。








…昔むかし、ある国に一人の青年が住んでいました。」





翠はおとぎ話を語り始める。
穏やかで優しい声でゆっくりとゆっくりと。













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