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□眠れない夜は、素直に
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「…真奈…」







そこにいたのは寝間着姿の真奈。
その平和な姿に緊張していた身体から力が一気に抜ける。




「雅刀…いつ帰ってきたの?」





「…ついさっきだ。
…起こしてしまったか、悪い。」


「…雅刀帰ってくるまで起きてよう…って思ってたのに、
…いつの間にか…寝ちゃってた」



「…何かあったのか?」


自然と強ばってしまう声。
俺がいない間に、誰かに襲われたりしたのではないか。
もう御使いとしての使命を終えたとはいえ、
いつまた道鬼斎の手下が襲ってくるともわからない。



すると真奈はあくびをしながら首を振る。



「ううん何もないよ。
ただ、おかえりって言いたかっただけ」


滲んだ涙を指で拭いながら
なんともないといったように答える。



「…そ、そうか…。
ありがとう。」










…ニヤけるな…俺の顔。

何とか表情を保とうと、俺は緩む頬を小さく叩く。



「あー…やっぱり火ってあったかいねー。」

俺が自分自身と戦っている間に
真奈は俺の隣に座る。


「もう遅いぞ…寝なくていいのか?」


「うん。大丈夫。
ねえ、ちょっとだけ、私も一緒にいてもいい?」


今日はもう会えないと少し残念に思っていた俺にとって、
願ってもいない申し出なのだが…







俺もそうして欲しいと思っていた―








…なんて…勿論素直に言えるはずもなく。




「…風邪引くなよ。」

俺の口から出た言葉はその一言…だけ。

照れた顔を見られないように目を伏せながら
さっきまで使っていた布団を真奈の肩に掛ける。






「あれ…雅刀、結構飲んでる?
なんか顔赤いよ?」



「……ま、まあな。」



赤くなった顔を誤魔化すためとっさに嘘をつく。

さっきからどんどん熱くなる自分の顔に

…俺は自分が思っていた以上に真奈に会いたかった

…のかもしれない…と思う。




 



「仕事終わりに一杯なんて、
雅刀ってば立派なおっさんだね。」


「…うるさい。」


楽しそうに笑いながら俺をからかう真奈。
照れた顔を隠すために俺は盃の酒を一気に飲み干す。
…顔が赤いのは酒のせいだ、酒の。


だがこうやってケラケラと明るく笑う真奈を見ていると
疲れて固くなっていた心が
どんどん溶けてゆくように感じる。


酒よりも何よりも、
真奈の笑った顔が、俺の癒…










…って…まずいな、本当に酔っているのか、俺は。














「…ねえ、何してるの、雅刀?」



照れ臭い思考を振り払おうと頭をぶんぶん振っていると、そんな俺を真奈が訝しそうに見ていた。



「…いや…首の…体操だ。」



「へえ、変なの〜。」


真奈は楽しそうに笑っている。

…なんとか上手くごまかせてよかった。
そんなに量は飲んでないはずなのに…
やはり相当疲れているのか。







だがそれでも身体はまだアルコールを欲しているようだ。
俺は盃に残っていた酒を一気に飲み干す。











「お酒、注いであげるね。」



空になった盃をみて真奈は言う。

頼む、というと真奈はニコリと笑って酒を取り、俺に酌をする。




とくとくと小気味よい音を立てて注がれる酒。
囲炉裏の火に照らされた伏せ目がちな真奈のその表情が…少し色っぽく見える。







「ありがとうな。」

注がれた酒を飲む。
真奈は銚子に手を添え、俺が飲む姿を眺めている。


「ねえ、雅刀?
…なんかこうしてると、私たち夫婦みたいだね?」










「…お、ちょ…っなにっ・・・…!…ゴホっ‥ゴホッ!!」




突然の真奈の言葉に驚いて、酒が気管に入って盛大にむせ込んでしまう俺。

「ち、ちょっと、雅刀大丈夫〜?!
もう〜!」

むせる俺の背中をさすりながらけらけらと真奈は笑う。


「…大丈夫…じゃ…ない…」

途切れ途切れに何とか言葉を発する。
焼けてしまいそうなほど胸のあたりが熱いし、呼吸をするたびにヒリヒリして涙目になってしまう。


…夫婦みたい…って


真奈の言葉が頭に何度も繰り返し響いているせいで、顔の熱もなかなかおさまってくれない。
涙目になりながら、それでもニヤけてしまいそうになっているおっさんの姿は
はたから見たら相当に滑稽な絵だろう。








「お仕事大変だった?」

俺の背中をさすりながら真奈は聞く。




「…まあ…普通だ…。」


ようやく呼吸が落ち着いてきた俺は、そう簡潔に答える。


戦の緊迫状態は終わったがそれでも
真奈には知らないでいて欲しい仕事は
…たくさんある。




「そっか。」


「…あんたは何をしていたんだ?」



都合の悪い時は話を逸らす。
…これも歳をとった証拠だな。





「特に変わらない日々だったよ。
秋夜のところで手伝ったり
瑠璃丸くんと遊んだり、暁月と町までお使いに行ったり…」



「…へえ…そうか。」








…わかってはいたものの少し胸が痛くなる。



俺と生きるためにこの時代に残ってくれた真奈。

俺には軒猿の任務がある。
だからずっと真奈についていてやることなんてできない。
そんなことはわかっている。

…だが…

…心のどこかでうらやましいと思ってしまう。


俺が一緒にいることができない時に、真奈と一緒に過ごせる奴らが。

他の奴らからしたら言いがかりのようなものだな。


子供じみた独占欲。
それは両想いになった今でも変わらない。
むしろ…ひどくなっているかもしれない。



「大人げない…。」

そんな自分が情けなくて小さくため息をつく。

「え?」

「あ…いや。」



この感情を真奈に気づかれない様、盃を傾ける。

こういう時に酒は便利だ。
間が持つし、気も紛れる。




…そういえば…あの頃もよく、真奈の同級生をうらやましく思っていたな。
真奈と同じ目線で、無条件でいつも近くにいられる同級生達を…。



…変わってないのか。
歳をとって変わったのは見かけと処世術だけ。
心は10歳の頃のまま、成長してないのかもしれない。







真奈をただただ追いかけていた


「…あの頃のまま…かもな」


空々しく響く俺の声。
心の中で思っていたはずの言葉を
気づかぬうちに口にしてしまっていた。


「雅刀?」


「…い、いや、なんでもない。」




「ねえ…やっぱり雅刀酔っってるよ。
相当疲れてるみたいだし、もう寝たほうがいいよ?」


心配そうに真奈が言う。

この時間の終わりを告げるようなその言葉に

胸がぎゅうっと締め付けられるような感じがして…

「いや…まだいい。」

すぐに俺は答えた。

俺を覗き込む真奈から顔をそむけ、酒に手を伸ばす。
別にもうこれ以上、酒が飲みたいわけではない。

だが注いでしまえば、その一杯が無くなるまでの間は、
それがこの時間が終わらせない口実になる。




そんな俺の手首を、真奈の小さな手が掴む。

「ダメ、なんか変だもん、雅刀。
ちょっと待って、今お布団敷くから。」


真奈は立ち上がろうと片足を立てる。

…確かに俺は酔っているようだ。


…真奈が行ってしまうのが嫌で嫌で、たまらない
…まだ離れたくない
…もっと一緒にいたい


溢れ出す感情から自分の酔いを自覚したその瞬間、
俺は立ち上がろうとする真奈の手を掴み、強引に引き寄せていた。


バランスを崩した真奈が俺の胸にすっぽりと収まる。
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