main

□今、ここにある想い
1ページ/1ページ

いつもより早く目覚めた私は
布団の中で外の音に耳を澄ませている。
気の早い鳥たちが一日の準備を始めだしたのか
かわいらしい声で鳴いている。



暦の上ではもう春のはずなんだけど、
実際はまだまだ寒い日が続いている。
特に早朝は本当に凍えてしまうんじゃないかと思うほど寒くて毎朝起きるのが大変。


だけど…


…今朝は暖かくて心地よい。



それは…隣で眠る雅刀が…
…私の身体をずっと抱き締めてくれているから。

















雅刀と共に生きることを決めたあの日から
いろいろなことがあった。
本当にいろいろ。

2つの季節が足早に過ぎていって…








昨晩…初めて…
…私たちは…ひとつになった。










それは…
現代にいた頃に友達から聞いたり、雑誌に載っていたような



…「H」…とか、そういう言葉では表現できないような…

「愛し合う」っていう言葉がぴったりな
幸せな行為だった。


愛し合う…
正確に言うと…違うかもしれない。
私はただ、与えられる愛を貰っていただけかも。
…余裕なんて全然なかったから。





いつものぶっきらぼうな言葉や態度からは想像ができないくらい、
雅刀は壊れやすいものに扱うように
優しく、大事そうに、私に触れた。

ううん…きっと昨日が特別優しかったわけじゃない。
雅刀のわかりにくい優しさを、
私がようやく理解できただけ、かもしれない。




身体じゅうに数えきれないくらいキスをして
たくさんの愛を注いで、
ゆっくりと時間をかけて
私を…花開かせてくれた。





ひとつになる瞬間は
…それはやっぱり…痛かったけど、
痛みを上回る幸せが、そこにはあった。

雅刀の優しさが、愛が、
身体に流れ込んでくるような
…素敵で…幸せな感覚。





「初体験をした」
言葉にするとそれだけなのに、
何でだろう、何かが今までと全然違う気がする。

それが何なのかは全然わからないんだけど。



当の雅刀はというと、
規則正しく胸を上下させながら眠っている。
まだしばらく起きそうもない。


とりあえず顔を洗いに起き上がろうと身を捩るけど、
雅刀の腕に力が入って動けない。
離さないと言わんばかりのその腕に捕えられる、
その幸せな不自由に思わず顔がほころんでしまう。
















 
「…真奈…どうした?」


その時私の頭の上から声が聞こえた。
いつもよりくぐもった、低い声。
私が動いたせいで起こしてしまったみたい。
「起こしちゃった?」


「…いや大丈夫だ。…もう…朝か?」

「うん5時前くらいかな、多分」


少しだけ身体を離しふすまの外をうかがう。
時計を使わずに日の出や月の位置でなんとなく時間がわかるようになった。

…とはいっても時計がないから、
実際に合っているのかどうかはわからないんだけど。







「…眠れなかったのか…?」

「ううん。眠れたよ。
なんとなく目がさめちゃっただけ。」



「…そうか…それなら良かった…。」

雅刀は安心したように、小さくため息をつく。


「どうして?」


「…いや…。
……痛い思いをさせてしまったからな…」

小さくなる、雅刀の声。
初めての私を雅刀はずっと気遣ってくれて…
ひとつになるその瞬間も、
なぜか雅刀が泣き出しそうな顔をしていた事を思い出す。



「ふふ、確かにあの時はちょっと痛かったけど
もう全っ然、大丈夫だよ。」


「…そうか」


その言葉に安心したのか、ようやく雅刀から小さな笑みがこぼれる。







「それより雅刀の方こそ眠れなかった?
目、なんだか赤くない?」



「………ああ。
…あんたのいびきが、うるさかったからな」



「えっ、うそ!?」


「…冗談だ。
ちゃんと寝た。」



「もう…っ
びっくりさせないでよー!」



にやりと雅刀が笑う。
普段あまり冗談を言わない雅刀の冗談は心臓に悪くて
私は躍起になって雅刀の胸を叩く。


「悪かった。…そう怒るな」


雅刀は胸を叩く私の手を捕まえて布団に縫い付けると
まるでなだめるように
髪に、頬に、鼻に、瞼に
私のいろんな所に小さく口づけてゆく。

雅刀の唇が触れる度に、口髭が私を柔らかくくすぐる。


「・・・ふ・ふふっ…ちょっと
髭っ、ひっ、くすぐったいってば!」

くすぐったくて身を捩って抗議しても
雅刀はキスを止めてはくれず…むしろわざと髭を擦り寄せて
いる。
雅刀とこうなって初めて
髭がキスの邪魔をすることを知った。



「ちょっ…、ふっははっ、楽しんでるでしょ?」


「…早く…慣れろ…」


「ひゃははっっ…やめっ…もうっ、寝てる間に剃っちゃうよ?」


「お、おい…それだけはやめろ。」

冗談で私が言うと、雅刀は血相を変えて首を振る。


「雅刀、髭がなかったらかなり童顔だよね?
きっとすっごくかわいいよ。」



「…うるさい」   



私の間髪入れないからかいに、言葉をなくした雅刀は私の身体に覆いかぶさると、
その不器用な唇で私のおしゃべりな唇を塞ぐ。


「…ん・・。」

いつも少しだけ強引な、雅刀のキスが大好き。


























「…なんか不思議だね。
こうして雅刀と…こんな風に…してるなんて…」



唇が離れても雅刀の顔は真上にある。
鼻先がくっつきそうな、その距離がうれしくて
雅刀のその柔らかい髪の毛に指をいれる。


「…ああ、そうだな。」



くすぐったそうに目を細めると雅刀は私の頬に両手を添え
もう一度キスをする。


「ふふ、幸せ。すごく。」

瞼にこめかみに、耳たぶに。
大事そうに大事そうに
雅刀はゆっくりと唇を落としてゆく。
唇が奏でる音が鼓膜に響いて
心地よい。



「…目が覚めて、隣にあんたがいて…良かった。」


キスの合間に、小さな声で雅刀が話し出す。



「…幸せすぎて、眠るのが怖かった。
…夢みたいに…あんたが、消えてしまうような気がした…」

雅刀の目が赤いのはやっぱり寝不足のせい。
そしてその理由は、他にないくらいに甘くて
そんなふうに…想ってくれてたなんてなんだか嬉しくて
顔が綻んでしまう。



「私は消えないよ、大丈夫」

決まり悪そうに目を逸らす雅刀の髪を
ゆっくり撫でながら私が言うと雅刀はキスをくれる。
それは言葉よりも雄弁なキス。





「ねえ雅刀?
雅刀とひとつになれて…
私すっごく、幸せだったよ。」



「…あんなに…痛かったのにか?」


私の言葉に驚いたように雅刀は目を見開く。
まるで自分が味わったような言い方をする雅刀に
思わず笑ってしまう。



「…痛かったけど、雅刀とひとつになるための痛みだもん。
幸せな…痛みだよ。
それに痛みなんか忘れるくらいたくさんの愛を貰ったよ」


「…そうか…。」


「雅刀、ありがとうね。」



真上にある雅刀は普段の雅刀からは想像できないような
泣き出しそうな…そんな表情で
私の身体をぎゅっと抱き締める。




「やっぱり…何かが…違う」

「…えっ?」

顔をあげた雅刀が口を開く。




「…あんたの事は、今までだって大事に…想っていた。
だが…な。

…何かが違うんだ…昨日までとは。」



「…私も、そうなの。
昨日までとは違う、っていうか昨日まではなかった…
なんて言えばいいのかわからない気持ちが心の中にあるの」


「真奈も、か…?」


雅刀は驚いたように身体を起こす。


「好きとか大事とかって言葉には入りきらない、気持ち…」



「…俺も…そうだ。
…何なんだか、よくわからない。」





小さくため息をつき雅刀が言う。








雅刀が好き…違う。
雅刀が…大好き…違う


…そんなの、当たり前。



雅刀を・・・・愛してる?

…似てるけど、なんかちがう
もっとぴったりの言葉がありそう



雅刀が‥
雅刀が……‥






…い‥としい…




…いとしい…?







「…いとしい…!」


なかなか出なかったのに
その言葉は
口に出してみたらそれ以外考えられないように
パズルの最後の1ピースのようにしっくりと当てはまって…



「わかった雅刀!
愛しい。
私、雅刀が愛しくて仕方ないの。」



「……っ?!」


私の中で名前を見つけられなかった感情。
新しく生まれた感情。
その名前は。



「愛しい。
好きなんかじゃ入りきらない。
大好きで大事で大切で特別!
愛しい、そう愛しい。
やっとわかった!」


真っ赤になる雅刀を尻目に新しく生まれた感情を、
名前を見つけた感情を、
確かめるように何度も何度も繰り返して…




「私は雅刀が愛しいです。」

愛しい人をしっかりと見つめて伝える。
この新しく生まれた思いを。





「…あ、あんたは…!」


顔を赤くした雅刀が私の身体を引き寄せ抱き締める。
痛いくらいの力で、息ができないくらい、強く強く。


「俺も愛しい。
…真奈が、愛しくて愛しくて…仕方ない。」



新しい言葉を見つけただけ。
「好き」なんかじゃ足りない想いを
新しく生まれた想いを

伝える言葉を見つけた、ただそれだけなのに


目の前に新しい世界がひろがったような
そんな素敵で、幸せな気持ちが
身体中に広がってゆく。







息ができない苦しさい幸せの中、雅刀の耳元にそっとささやく。

「…はじめまして、愛しい人」


 



  
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ