●パラ話

□*あやかし山のお話
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あやかし山
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あやかし山の千石くんは、化け狐の子どもです。

峠を越す人間をびっくりさせるのが大好きで
今日も見かけた人間の子を驚かせようと、
突如ドロンと飛び出しました。
木の葉を額に乗せ得意の妖術で大きな鬼の影を作り
男の子に吠えかかります。
すると人間は悲鳴を上げて麓の村まで逃げ帰る
それを笑って眺めるのが、いつもの楽しみなのに
…男の子は顔色も変えずに鬼をぼんやりと見上げているだけでした。
千石くんは面白くありません。
鬼の影は消してしまい、最終手段に出ることにしました。
それはすなわち、化け狐の自分が直接、人間を威すこと。
子どもの前に、ズイと進み出ると、宙返りをして威嚇してみせました。
人間の子どもは、自分よりもひとまわり小柄。
大きな尻尾と耳を持つ化け狐を見れば、さぞ脅え恐れるに違いありません。
けれど…
人間の子どもは表情を変えずに、まばたきをひとつ返すだけです。
千石くんは悔しくなって、
「にんげんのこども、はやく逃げかえらないと喰い殺しちゃうぞ!」
身動きひとつしない子どもに詰め寄りました。
もしかしたら平気そうな顔をしていても、怖くて動けないだけかもしれません。
早く逃げ帰るよう、促してまでみたのですが子どもは変わらず無表情。
千石くんは人間を食べた事はありませんが、
きっと上手に調理して味をごまかせば食べられない事もないだろうし…
と考えて、子どもをジッと見据えます。
子どものほっぺはツルンと白くて柔らかそう。
味見してみるのもいいかもしれないし、この子どもが驚くかもしれない
千石くんはペロンと舌を出して柔らかい頬を舐めてみました。
けれど子どもは驚くどころか、嫌そうに顔をしかめて袖で頬をひと拭い。
そしてあろうことか、千石くんのピンと立った橙色の耳を
小さな手のひらでグイと鷲掴み
「!!」
千石くんは痛さと驚きで声も出ません。
驚かすのはいつも自分であって、誰かに驚かされたのは初めてです。
子どもの力は容赦なく、耳をギュウギュウ引っぱります。
泣きそうになるほど痛くてたまらない耳にとんでもない声が飛び込んできました。
「…晩ごはんは…狐鍋…大きいから…神尾と取りあいせずに…腹一杯に…たくさん食える…マズそうだけど…きっと…橘さんが上手に料理して味をごまかしてくれる…おいしく煮込んでくれる…狐鍋…狐鍋…狐鍋…狐鍋…狐鍋…」


その日、ふもとの村の橘家では
ぼう然自失の化け狐の耳を掴んで引きずり帰った深司くんに

「山へ返して来なさい!」

桔平父さんのお小言があったとかなかったとか。
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