●パラ話

□*五行行司使
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司るものたち
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まさか…こんな姿になるなんて。

今年17になり成人した深司は、自分の姿を澄んだ湖に映し嘆息する。
同時に湖面に映る美しい可憐な男の子も肩を落とした。年端のいかない、小さな少年…。
橘さんとの勝負に負け、深司は7つほどの幼い子供の姿に変えられてしまったのだ。

「はっはっは。深司は子供の頃からあまり変わらないな」
「充分変わってると思いますけど…」
振り向きぼやく深司。ぼやく自分の高い声に愕然とした。
 …おれの声が…子供だ…
長身の橘を見上げる。逆光ではっきりと表情は見えないが、ぜったいに彼は笑っている。

深司は天才肌で、橘の見い出した素材の中でもひと際その力量に優れていたが、
まだまだそれを補う精神は未熟だ。
ともすれば冷たい性格と見られがちで、不快な事柄を思ったままをツラツラ口にしてしまう。
「もういいでしょう…元にもどしてください…」
可憐な少年はムッと口元を引き結んでいる。
表情が乏しく冷酷に見える顔も、その姿ではたいへん愛らしい。
「おっと、急用を思いだした。留守を頼んだぞ深司」
「え…、あの、橘さん…」
元より橘の方が深司より何枚も上手、さっさと飛んで行ってしまった。
深司は留めようと伸ばした自分の手をながめ、ギョッとした。当然だが…短い。
手のひらも、もみじのように小さく愛らしく、頼りない。

深司は体術に自信があった。ルールも何もない喧嘩では負けたことが無い。
街では神尾と組んで義賊を気取ったりもした。
自分の腕がたつのはもちろん、頭を使い、かなり卑怯でも確実に
警吏の目を盗み目的を遂げた。
対峙した中には、身体が大きい力自慢もざらにいたが、深司と神尾にかなう者はいなかった。
瞬発力と速さに見合う鋭い攻撃、どう重心をとれば最も重くなるか、
意識しなくとも繰り出される天性の技。人の急所やツボも自然と心得ている。
所詮無頼者どうしの喧嘩。
卑怯な手を使っても、勝った方が偉い。
神尾といっしょなら、怖いものなどない。
それに何があっても、この身ひとつで切り抜けられる
そう自負していたのだ。
しかし深司は今初めて焦りを感じた。
この身体は、力も弱く、リーチも短い。なんてふわふわと頼りない身体だろう。
「橘さんは…留守番っていうけど…こんな山の中じゃ…無人でも何の問題もないだろ…
…しかもここは「神山」とやらだ…どんな物好きが来るって言うんだよ…」
自分の事を棚に上げてそう思った深司は、土地勘のない山でむやみに動くのはマズイと思ったが、
異様な状況に我慢がならず山門から抜ける小道を下り始めた。
神尾が心配しているかもしれない。
できることなら、早く街に戻りたい。
急に周りが霧にけむり、結界の境目だと感じた時、どこからか白鷺が飛来した。
「それ以上進むなよ、迷子になるぜ」
深司はギョっとして鷺を見つめた。しかしすぐに喋るくらい何だ、と思い直し、その場に仁王立ちした。
だが、虚勢を張る可憐な少年は可愛らしいばかりだ。
「何…橘さんの使いっぱ…?」
「使いッぱ言うな!橘さんの使役、桜井だ」
「桜井は橘さんの居所が判るの?」
「橘さんがおまえに教えていないなら、教える訳にはいかねーな。
ともかく、ここから出ちゃ、命の補償はないぞ。もしくは一生その姿のままかもな」
それはごめんこうむる。でも、おとなしく引き下がるなんて業腹だ。
「ここ…何処に通じてんの?」
「結界を抜ければ人界、ただの神山に戻る」
深司は思案した。
あの神山に戻るワケか…。神山を下り平原を越えれば、街に出る。
深司の住み暮らして居た街だ。
そう遠くはないだろうが…この姿では安心してもいられまい。
まず、神尾を探して…事情を説明して子供の姿になってるのを信じてもらわないと。
それに、すこぶる治安が悪い。
身に危険が及んでも、我が身をどこまで守る事ができるか判らない。
けど…見知った土地だ
退却ルートをいくつも知っているし大丈夫だろ…。

深司は気楽に考えた。
「桜井…俺は街に帰るから。橘さんが戻ったら伝えといてよ」
「何、おまえ、何も聞いていなかったのかよ、外は危険だぞ!」
深司は構わず「橘さんによろしく」と念を押し、霧の中へ踏み出した。
留守番なら、いたじゃないか…、橘さんも意地悪なトコあるよな…。
それにしてもあの鳥。喋るなら人の形してればいいのに。
深司は、自分が使役を持つなら、当然人の形をしたのがいい、と思った。
霧が晴れてゆく。

橘さんも神さまなんだから、俺をこのままで見捨てる様な事はしないだろう、
というのが深司の勝算だった。
深司は常々思う。
…神さまなんて面倒な仕事だな。
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