睡眠時間

□互いの唯一は互いのみ
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昼間なのに風呂場に電気が付いているという事がおかしかった。
まず最初に気になったのはその部分で、自分は何気なくその電気を消そうと思った。
そして外側についている電気のスイッチを何の躊躇いもなく消し落とせば、「きゃあ!」と中から女の悲鳴のようなものが聞こえる。
あれと不思議に思ってまたもや躊躇なく扉を開ければ、そこには目を丸くした妹、遠坂凛が浴室の尻餅をついたように座り込んで、その白い素肌を曝け出し、生まれたままの姿で居た。

…おや、と暫くそのまま固まっていれば、見る見るうちに凛の顔は紅潮して行き、自分はそれをやばいと思って酷く焦る。

そしてその場面を調度間の悪い事にセイバーに目撃された。
セイバーは自分と凛を交互に見るなり、涼やかな顔色を途端に変えて、自分の腕をがしっと掴んで引き寄せた。

「ちょ…ッ、陽介貴方何を…何を見ているんですかッ!早く出て行ってください!!」
「え。あ、ああ?」
「こ、こ、こ、こんの……馬鹿兄貴ーーーーッ!!!」

というか何故張本人でもない君がそんなに怒る?
ばしんっと頭部に凛からの桶の攻撃を受けて、セイバーの冷たい視線に晒されながらその場を後にする。
セイバーはじろりと陽介を見た後に、深く溜息を吐き出した。

「貴方と言う人は…どうしてああも間が悪いのですか。」
「間が悪いって言うか、まさか真昼間に風呂に入ってる人が居るなんて普通思わないじゃないか。風呂場の電気ついてると思って消さないとと思うのは普通の事だぞ。」
「少しも悪びれていないんですか!?」
「悪い悪いごめんなさい、反省しています本当に反省していますッ!」

くわっと片手にしていた竹刀を振り上げられて脅され、自分は手で庇いながら苦笑いして彼女に謝罪した。
セイバーはやはり険しい表情をやめる事はなかったが、その内ふんと鼻を鳴らして静かに竹刀を下げた。

「というか兄が妹の風呂を除いたって何にも悪い事なんてないんじゃないか?幼い頃はよく桜と一緒に入ってたし…」
「あなた方は血が繋がっていないでしょうが!!!」
「はいそうでした!」

その怒鳴り声に背筋をしゃんとさせて、自分は90度の綺麗な角度でびしっと彼女に頭を下げる。
まるで機嫌を損ねた上司に謝る会社員の気持ちになったような気がした。
しかしなんで此処まで自分は彼女に怒られないといけないのだ?
確かに女性の裸を見たのは悪いとは思うけれども、それはセイバーではなく凛なのであって、別に彼女が此処まで躍起になることもないと思うのだが。
そう思いながらちらと彼女を見上げれば、むすっとしたセイバーがやや頬を朱色に染めて拗ねるように頬を膨らませていた。

「全く貴方と言う人は…聊か注意不足にも程があるというか、肝心な所が見えていないというか、もう少し周りに意識をきちんと配ってください。普段ぼーっとして生きているからあんな風な失態を繰り広げてしまうのです。」
「…ああ、はい、悪い。」

くどくどと始まったセイバーの何度聞いたか分からないいつもの説教に、自分は苦笑いを浮かべつつ一つ息を吐いた。
するとそれを見落とさなかったセイバーが溜息と勘違いして更に機嫌を悪くする。

「なんですか陽介…私の話は、そんなに長くてつまりませんか?
それとも本来はあの場でもう少し凛のあられもない姿を眺めていたかったとか、そういうわけですか、そうですか?」
「なんでそんな風に捻じ曲がった解釈を…」
「あんな場面でデレっとしてだらしない顔をしている貴方を見たら、誰だってそんな風には思います。」

ぷいっと顔を僅かに俯かせて、目線だけじとっと此方を睨む。
そんなセイバーに自分は参ったなと頭をかきながら、ぽつりと思ったことを素直に口にした。

「別にデレっとなんかしてないだろ。」
「してました。」
「いやしてないって。」
「してました。」

実に頑なな彼女の態度に自分は埒が明かないと見切りをつけて、彼女に怒られるのを覚悟として、はっきり思いを告げる事にした。

「絶対してない。何故ならば俺はセイバーの身体以外で欲情なんてしないからだ。」
「なッ……っば、…は、ぇ!?」

次の瞬間、セイバーは素っ頓狂な声を上げて目を白黒させる。
そもそも自分が此処まで平然としていられるのも凛はあくまで妹であるし、それ以上も以下もないと自認しているからだ。
しかし相手が彼女だったとしたならば、確かに自分は自らを抑える事が出来ずに卑しい下心を抱いて、それこそこの場に頭を擦り付けて情けなく謝る事を良しとしただろう。

「お、可笑しな事を言って言い逃れしようとしないでください!私の身体なんて…私は、凛のように美しい身体では、
って、違う!そうではない!」

セイバーはまるで林檎のように真っ赤になった顔を左右に動かして、激しく狼狽する様子を見せた。
だが構わずに自分は続ける。

「その身体で美しくないなんて言ったら凛に殴られるぞ、セイバー。
第一俺にとっては普通に絶世の美女だがな。」
「ぜっ…陽介っ、からかうのもいい加減にしてください!」
「からかってない。第一からかいでこんな恥ずかしい事言えるわけないだろ。
俺が心を乱すのはこの世で唯一セイバーだけだ。」
「…貴方は卑怯だ。」

熱っぽくポツリと吐く彼女に、自分はふっと笑みを浮かべる。
するとセイバーは自分に一歩近づくと、その金色の髪を僅かに靡かせ、頬を紅く染めてはにかんだ。

「…私とて、女性である私を露にするのは、貴方の前だけだ。」
「セイバー…」


「へえ、っていう事はなに?お兄様は私なんかの裸ではご満足できないのにあんな大胆な覗きをしてきたと、そういう事なのかしら?」

背後からしたその声に自分とセイバーは同時にぎくりとする。
陽介はその声の主が一瞬で誰か理解して、そして同時にぞわっと怖気が立った。
後ろから感じる途轍もない威圧感に、振り向く気力を一気にそがれる。
だがこれで振り向かぬわけもいかぬだろうと、恐る恐るとロボットのように頭をゆっくりと後ろに向ければ、そこにはやはり、というかさも当たり前のように我が妹の姿があった。

「……り、凛。」

にっこりと笑顔で仁王立ちをしている妹に、自分は先程浴室で対面した時よりも遥かに目を背けたくなって、顔をひくつかせる。
凛は握った拳をゆっくりと上げて、此方の目の前にぴったりと位置させる。

「アゲイン、こんの……馬鹿兄貴ーーーーッ!!!」
「ちょ、待ってください凛…陽介ーーーッ?!」

彼女の目付きが一瞬だけ鋭くなったのが陽介の目には最後に見えた。

さて、本編での衛宮士郎はバッドエンド、若しくはデッドエンドを迎えると必ずタイガー道場へと送られた。
しかし彼、遠坂陽介がバッドエンドを迎えたとき、一体彼は何処へと誘われるのやら。

それは神のみぞ知ることだった。

◆BAD END 00 負け犬の逆襲

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