夢幻時間

□彼と君の為の贈呈花
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「はっぴーばーすでーウェイバー。」
「……は?」

突然の旧友からの棒読みのお祝いに、ウェイバーは呆けて手にしていた薬瓶をうっかり床に落としてしまいそうになりかけた。
スーツを着込んだ真顔の女性と暫し顔を見合わせた後、何度かぱちくりと瞼を開閉させて慌てて意識を取り戻す。
ぎろりと彼女を睨めば、その手にやっと何かを持っていることに気付いて言葉を失う。

「……なんの冗談だよ。」
「冗談のつもりは無いが。」
「だったら尚更悪質だ馬鹿。」

彼女はその風貌に実に似つかわしくない色鮮やかな花を抱えて佇んでいた。
じとっと怪訝そうに目を半開きにさせながら、ウェイバーは彼女を煙たがった。
仏頂面のままの白野はきょとんと首を傾げた後に、軽く瞼を幾度か瞬かせる。

「お前、そんな花束を僕に持ってくるとか…頭おかしいんじゃないのか?
そんなので喜ぶのなんて、女か…あるいは子供くらいなものだろ?」
「お前は違うのか?」
「おい、それは僕が女かあるいは子供だとお前が認識しているという事か?」

持っていた薬瓶をわざと大きめな音を立てて、どんと机に置く。
ウェイバーは忌々しげに彼女に反論した。

「…?だって、お前は普通の女よりもいちいと可愛らしい仕種をする事があるだろう?」
「なんでだよ!どういう時だよ!!僕はれっきとした男だっつーの!!」
「…そうだな、例えばケイネス先生と衝突した際、」
「あ。悪い言わなくて良い。いいから、思い出すな。…思い出すなって言ってんだろーーッ!!」

涼しい顔で人の過去を口にしようとする彼女の口を咄嗟に両手で押さえて、ウェイバーはがなる。
突然口を塞がれた事で白野は声をくぐもらせるも、彼のあまりに必死な様子を見かねて自ら黙り込んだ。

「ったくもう…なんでお前はそういうどうでもいいところばっかり見てるんだよ僕の。」
「目に入りやすいのだ。特にお前は女子の心をくすぐる行動をしやすいとの事を耳にしたから、尚の事気になるようになって…」
「それ言ったの誰だよ。」

恐る恐ると彼女の口から手を離しながら、ぼそりと愚痴を零す。
そんな彼に白野は、やっと自由になった口で呼吸をしながら素直に彼の疑問に答えを投げつけた。
しかしその答えは余計にウェイバーを混乱させるだけのものであって、ウェイバーはがしがしと頭を掻く。

「とにかく、いらないからそれ持って帰れ。
っていうかお前ごと帰れ。
邪魔なんだよ、これ以上僕の視界に入ってくるな。」

にべもなくそうウェイバーが肩を怒らせて言うと、彼女は目を丸くし、花束に視線を落とす。
すると一歩歩き出し、ウェイバーのその手に無理矢理花束を押し付けた。

「ちょ!」

その行動にぎょっとして、ウェイバーは手を振り払おうとする。
だが、白野の両手で確りと花束を握らされて離す行動すら封殺されてしまった。

「こんな時ではないと、私はお前に感謝も、祝いも、ましてやまともに向き合うことも出来ないからな。」

ぽつりと、視線を手元に落としながら白野が口を開く。
ウェイバーは怪訝そうに彼女を見て、は?と疑問符を浮かべた。

「…以前お前は、私の庭園にて私の育てた植物達を褒めてくれたことがあったろう。」

ぴくりとウェイバーはそれに反応して、僅かに表情を変えた。
ふと思い出して見れば彼女の持って来た花は以前彼女の庭園で目にしたものに良く似ていた事に気付く。

「あの時の礼がしたくて、この機をずっと待っていたのだ。」
「あんな程度…誰だって褒めるだろ、普通。」
「花は褒められども木やつる系植物を褒められたことはあまり無い。
少なくとも私はお前以外に褒められた事などなかった。」

ありがとう。

そう告げると白野はすっとウェイバーの手から自らの手を外して、ぎこちない笑みを浮かべた。
それは普段無表情の彼女が、一切誰にも、ましてや自分にも見せる事はない稀有な笑み。
はっとしたウェイバーはそれを目に映すと、なんだかくすぐったいような気持ちがして、落ち着き無く視線をあちらこちらへと向ける。

「…っど、どっちが、祝われてんだ、よ。」
「…そうだなすまない。お前の言葉を取ってしまった。」
「お、お前に礼なんていう気ないけどさ!!」

彼女の心遣いは非常に嬉しい。
無表情ながらにも彼の優しさは伝わって、ウェイバーは軽く意気消沈した。
けれども一点。
とある一点だけかなり、物凄くしこりが残る部分があって、やはりそこだけは問いただしておかないととウェイバーは彼女をじろりと睨む。

「ひとつ…僕はお前に問い掛けたい事がある。」
「なんだ。」

貰った花束の絵をぐっと強く握り締め、首を傾げる眼前の男を睨む。
そしてウェイバーは大きく振りかぶった。

「僕の誕生日は先月なんだけど、知ってたか?」

「………なに?」

白野はウェイバーの言葉を聞くと、ぴたりと身体を止めて、やや真剣な顔で彼に振り返る。
ああ、やはり気付いていなかったかとその表情を見て悟ったウェイバーはなんともやるせない気持ちになりつつ、頭を抱えて項垂れた。

「…ああもう、くそ。この馬鹿女。」
「すまない。なら私は酷く無神経な事をしてしまったな…一度押し付けておいて申し訳ないがこれは、」

言って自分の手から花を奪おうと差し出してくる彼女の手を避けるように、ウェイバーは持っていた花を後ろに隠した。

「いいよ、これはこれで飾っとく。」

忘れていたとは言えど、あくまでも彼女は自分をからかうような意識でやった訳ではなく、素で理解していなかったのだから恨みようがない。
だから彼女の想いに罪はないと、ウェイバーは嬉しくないにも拘らず、貰った花束を彼女に付き返す事はしなかった。

「…すまないな。余計な気を使わせて。」
「ふん…」

白野は暫しぽかんと彼を見ていたが、申し訳なさそうに眉を下げて、静かに手を元の位置に戻した。
ウェイバーは彼女から顔を背け、決まりが悪そうに頬を掻いた。

「次は当日に持って来いよ。…花束以外でな。」
「わかった。ではクレマチス等を贈ろう。」
「だから花だろそれも!植物以外で!」
「むう…それは困った所だな。」

◆花と勘違いと私

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