□似合わぬ一言命取り
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 抱きたくなるよねランサーって。

唐突に主がそう告げた一言によって、ランサーは持っていたカップをつるっと手から落としかけた。
幸い既に中身は呑み終えた後だったため、中身をぶちまけるという最悪の結果には到らず事なきを得る。
しかし、彼女のまさかの発言によって生まれた動揺は拭えず、ランサーは非常に複雑そうに彼女を見た。

「…あの、どういう意味でしょうか白野様。それは。」

 いや、なんとなく。ランサーってかっこいい割には結構可愛い所もある気がして。
 こう…ぎゅうーっとしてやりたくなるというか。

じいっと机に肘を突きながら丸い瞳にランサーを映す白野に、ランサーはたじろぎながら視線を逸らす。
一瞬違う意味に悟りそうになってしまうも、最後の白野の言葉を得てほっとしたような、けれども何処か落ち着かないような複雑な心境に陥った。
改めて机にカップを置きながら、深い溜息をひとつ零す。

「………正直、女性からあらゆる甘い言葉を頂いた記憶はありますが、
そのような発言をもらったのは貴女が初めてです。白野様。」

 初めての女か、私。

間違っては居ないのだが、それが別の部分で使われればなんと嬉しい発言か。
えっへんと胸を張りそうな白野の得意げな笑顔に若干ランサーの心が乱れかけるも、ごほんと咳払いをして冷静さを取り戻した。

「そもそも、何故そのようなことをお考えに?」

 なんというかランサーって、儚げで可愛くて時々小動物みたいに見えるから。

さらっと述べる白野の表情は屈託の無い笑顔で、明らかに愛玩して語っている口振りだった。
うっとりと自分を見つめてくる視線も、いつもに比べれば幾らか納得がいかないもので、ランサーは若干むすっとする。

自分とて幾らなんでも男だ。
そんな風に言われた所で嬉しいというよりも
しかも寄りによって彼女から言われたという事が一番頭にくるものでならなかった。

「…少し失礼します。」

一旦席を立ったランサーは白野に近づくと、ぐっと彼女の肩を掴んでやや乱暴に引き寄せる。
突然の事に白野はぎょっとするも、抗う間も無く彼と真っ直ぐに目を合わせられた。
一瞬驚きながらも、冷静に彼から逃れようと彼女なりに力を込めて肩の手を振り払おうと身じろぐ。
けれども、もう片方の肩も掴まれて、完全に体は動かなくなってしまった。
今度こそやや焦る白野に、ずいっと顔を触れ合う寸前まで近づける。

「これでも、抱きたいと思えますか?」

冷淡な口調でそう尋ねてみれば、瞬く間に表情を強張らせた白野が言葉を失う。
白野は呆気に取られながらランサーを見ていたが、我に返ってぽかんと間抜けに開いていた唇をすぐに閉める。
ぶんぶんと首を左右に振る白野は何処かぎこちない半笑いを浮かべた。

 と、とんでもない。ありません、まったく。無理です。無理。

彼女のその反応を見て、満足したようにランサーは頷く。
けれども、正直のところこれだけで済ますにはまだ気が治まらない。

「俺の前での発言にはならば気をつけたほうが良いですよ主。
俺は常に、貴女を抱きたい気持ちの方でいっぱいですから。」

それを告げれば、びしりと彼女は固まった。
面白いくらいに青褪める白野に、一度は冗談にするはずだった気持ちが本気になりかけて、ランサーは笑う。

◆勿論邪まな意味で

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