奔放なんだぜ

□やっとスタートライン
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「冠葉君、最低ッ!!」

女との別れ際のお決まりの文句を耳にして、冠葉はその頬に一撃を食らった。
一体この華奢な女の何処にそんな力があったのかと言わんばかりの重い一発に冠葉は、奥歯を噛み締め熱を持った頬に手を当てる。
キッと鋭く冠葉をねめつけた女性は、彼の目の前で携帯を取り出し、彼の電話番号を消去する。
それを彼の眼前へと叩きつけ、「もう連絡してこないで!」と甲高く吼えてくるっと背を向けた。
冠葉は無感情のまま駆け出していく彼女の背中を眺めながら、ふうと息を吐く。
寧ろ、やっと切れてよかったと酷く薄情な事を心には抱いていた。

「お前もよくやるねえ。」

次の瞬間、ぴたりと頬に柔らかな刺激が付けられて、冠葉は目をぱちくりさせる。

「…笑い事じゃねえよ。」

少し間を空けてから、声の主が誰か気付くと冠葉はぶっきら棒にむすっとする。
痛い、と小さい悲鳴を上げようとして、慌ててそれを飲み込み、冠葉は彼女を睨んで痛みを堪えた。
ごめんごめんと笑う姉は自分の頬から手を離すと、まったくと肩を竦めた。

「でもねえ、流石にあんな場面に出くわすとは思わなかったから驚いたなあ。」
「そりゃこっちの台詞だ。」

お前は何をして居たんだよ。と冠葉が問い掛けながら、彼女を振り切るように歩き出す。
すると姉はぴったりと彼に付き従いながら、そっと顔を覗いてきた。

「さっきまで晶馬と一緒だったんだ。
同僚がそろそろ辞めるみたいでね、なにか贈り物を贈らないとって思って付き合ってもらったんだけどね。
途中で苹果に出会ってついさっき離れた。」
「……へえ。」

また晶馬か。
口を開けば晶馬晶馬と、流石この姉空気を読まない。
目の前に自分が居るのになんて嫌な女だと、冠葉は思いながら足を速めた。
それでも華南は少しも冠葉から離れることはなく、きちんと歩幅をあわせてついてきている。

「で、なんかいいのあったの?」
「うん?」
「贈り物。」

大して聴きたいことでもないのだが、なんとなく気になって彼女に話しかける。
華南はきょとんとしながらも、素直に自分の問い掛けに答えた。

「そうだね…やっぱ定番にハンカチ。その人女の人だから、可愛いのにしたんだ。」
「ふーん。女だったのか。…だったら俺が選んでやってもよかったのに。」

女、と言う話を聞いて冠葉は心なしかほっとすると、「女に関してはスペシャリストだぜ」と調子に乗って口にする。
そんな冠葉に、姉はじとっと弟を見てその額を突いた。

「あんな場面見られといて、よく言うよ。」
「勝手に見たお前が悪い。」

横暴理論を掲げて、冠葉はべーっと華南に舌を出す。
相変わらずの可愛くなさに動じることもなく、姉はそんな彼の頭を撫でて笑った。

「でもさ、一体どうして別れたんだい?
さっきの子、結構可愛い子だったと思ったけどね。」

ふと、思い立った疑問を冠葉にぶつけ、華南は小首を傾げて尋ねてみた。
するとその質問に対して冠葉は意味深に彼女を眺めてから、足を進める。

「本命、出来たから。」

漸く引いてきた頬の痛みを感じつつ、隣を歩く彼女にきっぱりと聞こえるように言い切った。
すると、彼女はぎょっとして一旦足並みを乱す。

「え、初耳!」
「だろうな。」

話を聞いた華南は、案の定酷く驚いて、冠葉は冷静に嘲笑う。
あの冠葉に遂に本気の人が、とか言いたげなこの目をキラキラさせた表情では絶対に気付いていないだろう。と、確信した。
腫れた頬に心地のよい冷たさを感じながら、冠葉は頷いた。
言ってなかったし。とぶっきら棒に続けて少し足を速めて、横断歩道の前で立ち止まる。

「…っていうか、お前だし。」

一度胸を高鳴らせた冠葉は、軽く緊張して身体を強張らせる。
俯きがちにそう彼女に呟くも、漸く口にした言葉は不覚にも道路を通ったダンプカーの唸り声で掻き消され、結局彼女に届くことはなかった。

◆やっぱり前途多難

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