□Fate/ZERO系(♀)前半まとめ
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彼女には文字通り、世界は暗闇に映っていた。
一体いつからそうなのか、一体どうしてそうなったのか、拙い彼女には思い出す事すらもままならず、気付いたらそうなっていたと言うのがいちばん正解に近い結論だった。

両親の顔すらもおぼろげで思い出すのは実に苦難。
脳裏に焼き付けたはずの声さえも映像と違って、欠け始めてどんな音程だったのか思い出せない。
何もかもが磨耗し、朽ち果てる思い出の中、唯一鮮明に思い出せるものは幼い頃に窓から見えた青空を自由に飛ぶ白い鳥一羽だった。
たった一つ、あれだけは暗闇の中でも優雅に照らされ、くっきりと思い出される。純粋に綺麗だと脳裏に刻み付けることによって出来た唯一の記憶。
けれどもそれだけ。それだけなのだ。
以降残るは漆黒の闇。闇の中から響く様々な声、言葉の記憶だけ。

後はただ暗闇の世界を瞼の裏で時に恨みながら、時に愛しながら、決められた、目覚めさせられた道を進んでいくだけの今まで。

その途中でいっその事、狂ってしまえればよかったのかもしれないと思える出来事は幾つもあった。
いつ終わりが来るとも知れぬ永久の暗闇と、無理矢理背負わされた宿命に怯えるよりも、何もかも忘却してしまえるほどの狂乱に身を任せていた方がずっと楽だったから。
けれども少女は理性を簡単に手放せるほど、愚かではなく、強くも無く、またそうした所で手に入るものは皆無だった為、道を誤る事はなかった。

狂ったところで何の意味もない。
元から自分には望むもの等何もなく、執着するものも一つとしてない。
そう彼女は把握してしまったから。

「(…でも、今は、違う。一つ、たった一つだけあった。)」

ふと、見えもしない瞼を開き、辺りを見渡すような振りをしてから軽く息を吸う。
夜のしじま。冷たい空気の中、恐らくそこに居るであろう存在を呼び出す。

「バーサーカー、」

彼女がその名を口にした途端、取り巻く空気が一瞬でがらっと変わった。
僅かな禍々しい気配が肌にビリビリと突き刺さり、やがてがしゃん、と重々しい鎧の動作音が聞こえた。
それを聞くなり白野は酷く安心して、自然と表情を和らげる。

「居るのね、バーサーカー。」

そんな事、尋ねずともわかるのにあえて彼女は聞くと、直ぐ後に耳慣れた呻き声が支配した。
彼女にとってはその唸り声は、まるで美しい旋律の様に、あるいは母親の子守唄のように聴き心地の良いものに聞こえる。
甲冑の動く音ですら、その耳を介せばただの耳鳴りのいい小鳥の鳴き声に近かった。

この聖杯戦争に参加することによって、唯一芽生えた執着心。
聖杯などには興味はないけれど、彼には興味がある。
だから手に入れた今ではもう手放したくは無い。

「(そう、これだけは。これだけは、絶対。)」

口など聞けなくて良い。
狂ってしまっていても構わない。
ただ彼の存在だけが、自分にとっては居心地が良く愛しいものだったから。

「ねえ、バーサーカー。今日も、話を聞いてくれる?」

彼の唸り声が、彼女の言葉への肯定だと直ぐに理解することが出来て、彼女は口を開いて息を吸った。

◆もうあなた以上はいらない
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