□毒を喰らわば、
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もしも彼女が主でさえなかったら、ランサーは今確実に、彼女に向けてこう言っていた事だろう。

あんた、いい加減学習しろ。

深夜帯。普段であれば風呂上りに直ぐに部屋に行くはずの彼女が、何故かいつまで経っても部屋に戻ってこない。
それがことの始まりだった。
軽く白野のベッドを直していたランサーは如何したことかと居間へと向かった。
するとそこには敬意も忘れてしまうほどのへべれけ状態の白野。
そしてワインを片手にそんな彼女を眺める英雄王。
風呂上りのYシャツ一枚の無防備な姿のまま、白野はくらくらと頭を危なっかしく右へ左へ揺らしながらランサーへと手を振っていた。
ぺたんと床に座っている彼女を何とか立たせて、ランサーは自身の腕を掴むように彼女の手を誘導する。
その際に無防備な彼女の肌が目に付き刺さり、ランサーはなるべくそれを目に入れないようにと細心の注意を払いつつ、必死で理性を繋ぎ止めた。

「何故下をはいていないんですか、貴女は。」

 物凄く暑くて。

呆れたようにランサーが言えば、流石にそこまで馬鹿ではない。ちゃんと下着は身に着けてあるよ。と言って白野はYシャツに手を掛けようとした。
ランサーは咄嗟にそれを止めて彼女の腕を握り、再度両手共に自分の腕に捕まらせる。

「いいですから、もう分かりましたから貴女はこうしていてください。」

ランサーは頭痛と眩暈に苛まれた。
これがもしも彼の体が人間であれば、それこそ風邪と呼ばれる症例に近いものだっただろう。
しかし彼は生憎ながら人間ではなく英霊で、彼に不調を起こしているその感覚は決して風邪ではなく、目の前の彼女のおかげだというのをありありと再認識させた。

「さて、俺は一体これから貴様をどうすればいいのだろうな。」

とりあえず恐らくは目の前の彼が元凶であろうと言うことを悟って、ランサーはじろりと彼を改めてねめつける。

「勘違いするな、我とて他意があってそのような事をした訳ではないわ。
毒を喰らわば毒を制す。
酒も飲んでいればその内慣れると踏んで、わざとくれてやってまでの事。」

まるで自分がよい事をしたと言いたげなその口振り。
けれどもただ酒に慣れさせるだけならばこの格好にさせることは無いだろうに。
ランサーがそう指摘する前に、英雄王はすんなりと自白した。

「まあ、その姿は単なる我の余興だがな。
暑ければ一枚脱げば楽になれるぞ、と単純明快な事を囁いてやったまで。」
「貴様は本当に余計な事をしてくれるな…!!」

わなわなと肩を震わせ、ランサーは強く英雄王をねめつける。
英雄王は彼の怒りを身に受けつつも、まだ半分以上残っているワインを手にすると、ランサー及び、白野のほうへと近づいた。

「余計?よく言うわ。
貴様とて、男としてはこの程度の余興、多少なりとも得を感じるべきではないのか?」

指先でくいっと白野の顎を持ち上げて、火照る顔を吟味する英雄王。
とろんとしてまどろみの中にある白野の瞳を真っ直ぐと見つめると、自然と英雄王は彼女に顔を近づけた。

だがしかし、そんな狼藉もう一人の従者が許さない。

「貴様ッ……」

激昂したランサーが英雄王に吼える。
しかし、声を荒げる寸前で腕の中の存在に気付き、ぴたりと動きを止めた。

「…ああ、保護者は我が子に欲情などせぬか。いや、すまんすまん。
その辺りは訂正せねばな、ランサーよ。」

高らかに笑い声を上げた英雄王は、ぱっと白野から手を離すと、ワインを持って一旦その場から姿を消した。
反論をさせる暇もなく彼が引いた事に、ランサーは煮え切らない苛立ちを浮かべるが、それ以上に保護者扱いを受けたことがとても釈然としなかった。

だから俺は別に、貴女の父親でもなければ母親でもない。俺は、

そこまで言いかけて不思議と続く言葉に迷った。
いや、答えは既にとっくの昔に出ているのだ。たった一つ、従者。それだけを言えば済むことなのに。
けれど、何故かその当たり前の言葉が直ぐに浮かんでくることが出来ずに、一瞬「俺は一体なんなんだ?」と自問自答してしまう。
何を、馬鹿な。

俺は彼女のサーヴァントだ。
それ以外の他でもない。
なのに何故今更そんな事を忘れたのか。
否、別に忘れたわけではない。単純に、一瞬だけ、一瞬だけ戸惑ってしまった。ただそれだけ。
…いや、それだけでも理由にするには少々可笑しい部分があるけど。
改めて自身に言い聞かせるようにランサーが心の中ではっきりと明確にその関係を刻み付ければ、くいくいっと袖口を引っ張られる。

 ぎゅう。

ランサーが振り向く前にそう呟いた白野はぼすんと彼の胸に自ら擦り寄ってくる。一瞬、心臓が大きく跳ねた。
まるで母親のぬくもりを求める子供のようにじゃれ付いてくる彼女に、再度頭痛がした。
けれど今度は頭痛と共に胸の奥底までが握り締められているかのように激しく痛み、軋んだ音を立てる。
先程、自分の存在を明確にした直後のコレか。

「…主、」

耳元で彼女を呼ぶ。
けれど、白野は反応してくれない。
試しにもう一度、今度は聞こえるようにはっきりとその耳元で「主」と彼女を呼んだ。
しかし、それでも、白野は反応を示してくれずにランサーの胸の中に顔を埋めていた。

「……白野、様。」

一瞬、その名前をそのまま呼び捨てにしてしまいそうになるが、慌てて敬意を表す呼び名を付け足し、腕の中の彼女を見る。
すると、ゆるゆると彼女の頭が持ち上がり、白野は未だに揺らいでいる目でランサーを確りと捉えた。

酒の熱に苛まれ高潮している頬。白い服の隙間から覗くやや火照った潤いある素肌。
そして何よりも惜しげなく露にされている血色のいい太股。
流石にこれは目に毒だ。いや、ある意味では最上級の賜りであるが、今の自分にとっては目に毒だ。

だというのにも拘らず、目の前の毒は無防備に自分の熱を無意識に煽っては留める所を知らない。
すると、再度、誰が保護者だと言う思いが再度湧いてくる。
保護者ではこんな劣情を抱きはしない。こんな熱が浮かぶことは無い。

彼女の腰に手を当てて、ゆっくりと自分自身へと近づける。
白野はやはりきょとんとしたまま、置かれている状況を全く理解していない。
童女のような彼女のあどけない顔を見て、ランサーは彼女の露になっている太股に手を這わせる。
すると、白野はびくりと肩を震わせてからぎゅっと片目を瞑って表情を強張らせた。
ぞくり、とランサーの内側を何かのよからぬ感情が這う。
それと同時に彼の白野の太股における手を、静かに動かし始めた。

直後、ランサーの後頭部に重々しい衝撃を受け、視界がぶれた。
ランサーは目を見開き、後ろ手に感じた衝撃があった辺りに手を当てた。
すると、自分達の足元にころんと床に転がる毛糸玉。
後頭部を撫でる際に俯いたランサーはそれに気付くと、ゆっくりとそれが振ってきた方角へと振り返る。

そこに居たのは先程居なくなったはずの英雄王で。
英雄王はランサーを射殺さんばかりにねめつけると、手の中でまだ残っている掌サイズの青い毛玉を手の上で転がし、ふんと鼻を鳴らした。

「我が炊きつけておいて言うのも不快だが、よもや本腰を入れて浅ましく欲情しているなよ、下郎。」


……

「…すまん、英雄王。…白野様。」

我に返ったランサーは、心の底から彼に感謝した。

◆間一髪

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