□きみのやさしさ、僕の愛
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「ご主人様には私がついているんですから」
「ですから、安心して私を頼ってくださいまし」
「私はご主人様のみの良妻狐です。」

キャスターと名乗った少女はそう晴れやかに微笑む。
けれどもその微笑みは実に完璧に出来ていて、逆に違和感を感じさせた。
おかげで記憶喪失である自分を不安にさせまいと気遣っているが為だと、疎い自分でもすぐに理解出来てしまう。
だが、それを追求することが出来ず、自分は結局そのまま言葉を受け止めるだけだ。
ただ、ありがとう。と薄っぺらい例の言葉を携えて。

それを知りつつも、あくまで自然的にあろうと務める少女。
此方がその自然さを求めるから、自分の為に、あくまでもその毅然さを失わないで居ようとする我が従者に、針が刺すような痛みが胸に走った。

彼女は普段は何を考えているのか分からず雲を掴む位に不確かなのに、いざと言う時はこういう明確な忠実心を見せてくれる。
自分は彼女のそんな所が好きだ。優しくて、強くて、包み込んでくれるから。

だが、それゆえに苦しいのだ。
無茶苦茶な彼女に無理をさせている自分。彼女に何も出来ない自分。弱い、自分。
それら総てを思い知って、ほとほと自らが情けなくなり辛くなる。
…辛くなるのだ。

彼女は自分の役に立つ事をしてくれても、自分が彼女の役に立つ事は一切ない。
いざ自分が彼女の役に立ちたいと行動を起こしたとしても、聡い彼女はすぐに気付いて、寧ろ自分を気遣うような事に摩り替えてしまうのだ。

そんな風に、自分の事を護ってくれる従者に労いすらもさせられない自分が酷く嘆かわしい。

「ご主人様は、ご主人様でいいんですよ。」

キャスターは自分の胸のうちを知ると、いつもそうして諭してくれる。
彼女は、それでもそんな愚かでどうしようもない自分に忠実に仕えてくれる。
優しげにその両手で自分を包み、護り、慈しみ、愛して。

「ただ貴方は、私を愛してくれればいいんです。」

「頑張ったら褒めてください。」

「それだけで私は頑張れますから」

例え陳腐な言葉を並べ立てたところでそれらが彼女に届くはずもないのを分かっている。
彼女はああ見えて純粋で、真実の言葉しかその胸に刻み込まないから。

だから、彼女が自分の前では偽りを覆いながらもその裏における真実で自分を包み込んでくれているなら、それならばせめて自分は、偽りを受け入れてその裏の真実に恥じぬよう真摯な心でそれを返すしかない。

彼女の言葉通りに、ただその愛を受け入れて、理解して、感謝して、そして彼女にそれ以上の愛を返すしか。

本当はわかっていたのだ。理解してはいた。

彼女を本気で愛して、そして護りたい、何かしたいと思うならば、結局自分に残された一番効果的な事はそれひとつしかなかった事位。

けれどでも、愛した人を護りたいと思ってしまうのは普通の事で、普通の事だからそれ以上の何かをしたいと足掻いて足掻いて勝手に深みに嵌っていた。

本音を言うと今でもそうだ。

でも結局、何処を同探しても自分に出来る唯一の行動がそれ一つならば、その程度で良いならば自分は精一杯彼女に向き合い、精一杯彼女を愛そう。

それが何も出来ない自分にただ一つ残された彼女への愛情表現。

「大好きです、ご主人様。」

ああ、自分も君を愛している。心から。

自分はそう、素直に真っ直ぐに紡ぐ。
キャスターは儚げで、けれども泣いてしまいそうなくらい目一杯嬉しそうな笑顔で微笑んでくれた。

◆その笑顔は向日葵のようだった

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