□彼と彼女の好きなもの
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 闇鍋にでもしようか。

時々この主は突拍子もなく、わけの分からない発案をしだす時がある。
素直に鍋だったら鍋とすればいいのに、何故わざわざ斜め上を行くような余計な事をするのか。
ずっしりと買い込んだ食材を片手に持ちながら、ランサーは自分の肩より少し小さめな主を見下げる。

「何故突然、闇鍋なんですか主。」

 普通の鍋にするんじゃ、ちょっと面白みが無いかなって思って。

隣接する空いている片手同士を、どちらともなく自然と触れ合わせ、指先を絡ませた。
それだけで、ランサーの心臓には振動が走ったというのに、白野は顔色一つ変えずに、やはり笑顔で会話を続行した。

「鍋に面白みを求めて如何するんですか、主よ。」

 いや…普通に食べるよりも楽しんで食べた方がもっと美味しくなるじゃないかなーなんて。折角三人も居るんだから。

気分的な問題だよ。なんて、ちらとランサーに視線だけを向ける白野。
要するに一人で食べる食事よりも、と言うことか。
ランサーはなんとなくその気持ちには共感したが、だからってわざわざ意外性を追求して闇鍋にしなくてもとやはりまだ納得できない部分が何処かにあった。

 要するに、ただうどんを食べるよりも、そこに七味唐辛子を混ぜるとか。
 ソーセージにマスタードをかけるとか、うん、そう言うちょっとした変化球みたいな感じ。

更に此方に理解させようと例えを持ち出す彼女に、ランサーは更に困った。

「その定番の組み合わせの中で、どうして闇鍋が持ち上がるんですか。
その理論で行けば、普通の鍋ではなくチゲ鍋とか、キムチ鍋とかあるでしょう。
変化球にしても新感覚を狙いすぎでは。」

 新感覚、新開発。頑張ろう。

ぐっと拳を握り締めて、白野は眉を吊り上げる。
はあ、とランサーは重い溜息を吐いた。
此方の淡い想いを木っ端微塵に打ち砕くような彼女の発言は、とことん参る。
抱いていた胸の熱が瞬時に落ち着いていくのが理解できた。

 兎に角好きなものを入れたりして作ろうよ。
 お肉なり、野菜なり…
 でもアイスとかはダメだからね。

「入れません。」

と言うか普通に考えて、そんな未知の組み合わせを試そうとも思わない。
だが、白野は知り合いにストロベリーアイスが好きな子が居て、から始まり、その知り合いの話を織り交ぜたアイスと鍋を結合させることの危険性を勝手に一人説いていた。…余程痛い目にあったのか?

だが、それは兎も角として好きなもの。
こういう事を言われて直ぐに、これだと思い浮かぶのは難しい。
特に食べ物と限定されれば、更に悩ましくなるものだ。
なにか好きなものと言われても、思い当たるのは例えば今朝食べたものとかその程度。
正直、彼女の作るものであればなんであろうと好ましいのだが…。
そこまで考えたランサーは、やはり思い当たらないと判断して難しい顔をする。

「好きなものと突拍子もなく言われても…やはり、俺の頭には今は貴女しか他には思い浮かんできませんよ。」

それを聞いた白野はきょとんと目を丸くして、言葉を休めた。

「あ、」

彼女の反応を不思議そうに眺めているだけのランサーだったが、やがてやっと自分が口にしたことを思い出して、さっと青褪める。
そして、見る見るうちに赤面した。
あれだけ饒舌に話していた舌が全く動きを見せなくなり、ランサーを凝視し、沈黙しているだけの白野。
その間が、ランサーにとっては無性に耐え切れないものだった。
直ぐに後悔の念が胸に押し寄せるが、彼女から返ってくる言葉への僅かな期待も確かに存在していた。
先程まで意識することのなかった周囲の人々のがやがやと聞こえる雑音が、今のランサーにはとても煩く聞こえた。
やがて、平然と白野が口を開く。

 …食べられるもの、に限定するんだけど。

「です、ね。」

ランサーは真顔の彼女に、苦笑を返した。
あっさりと言われてしまって、当然の反応であることに何故か少し落胆する。
出来ればそこで恥じらいを持つか、大笑いするか、過剰な反応を見せてくれたらまだ救われたのに。
これでは下手な事を言った自分が馬鹿みたいだ。いや、実際本当に馬鹿なのだが。

するりと彼女の手がランサーの指を解いて抜け出していく。

 でも、食べ物抜いたら私も好きなものはランサーだな。

たん、と地を蹴ってランサーの一歩手前に進むと、彼女は振り返る事無く彼に背を向けた。

 やっぱり闇鍋今度にしよう。なんか、うん…今度にしよう。

ふわりと舞い上がる髪の切れ間から垣間見えた朱色に染まった白い頬と、耳朶。
あれは恐らく錯覚ではない。と目を見張ってランサーは確信する。
でなければ、何を言っても平然と笑っているはずの彼女が、突然こんな行動に出るはずが無い。
ランサーは、うっとりと彼女の背中を眺めて、歩く歩度を落としてしまう。
すぐさまそれに気付いたランサーは、遠ざかっていく彼女の姿を左右の足を必死で動かし追いかける。

「白野様、待ってください。」

彼の呼びかけは雑踏の中に消え、口から吐き出る白い息だけが形を成していた。


「魔力的な意味も含めれば一応アレも我らにとっては食い物だろう。」

帰宅して間も無く、道中での会話を何気なく英雄王に溢せば、英雄王は何処か面白くない表情をしていたが、やがて食べ物の時点になってそう口を挟んできた。
平然と、さらっと語った彼の言葉に、ランサーは、普段通りに英雄王を怒鳴って彼を嗜めるはずだった。
しかし、実際行われた行動はただ彼を凝視するのみで、「なるほどそうか。」なんて普段の彼らしくなく納得してしまっただけだった。

◆捕食生物、我が主。

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