夢色シャトル

□なりそこない王子
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薄々、上条達のこじれた三角関係には気付いていた。

上条がさやかを見ないのは一目瞭然だったし、さやかの友達が上条に気があるのも知っていた。
それによっていつか誰かが傷ついて、いつか必ず酷くこじれることは目に見えていた。
なのにそれを知っていた第三者である自分が何もしなかったのは、それは自分もその三角関係に少しばかり思う所があったからだ。

美樹さやかが上条恭介の事を好きなように、俺とて、美樹さやかに恋心を密かに抱いていたのだから。
俺の思いはどうせ叶わないし、叶うはずないのは確実だった。
幾ら俺がさやかを見ても、さやかの中の俺の認識はただのクラスメイトで上条の友達と言うだけで変わらない。

だからだろう。自分はあくまで三人と同じ土俵に立つつもりはなく、遠目からそれを見守っていつか三人が破綻するのを求めていた。
いつか、さやかが上条に振られるのを望み、そしていつか、さやかが俺のほうを見てくれるんじゃないかと言う卑しい思いが俺の胸にあったから。

今思えば、その考えはとても愚かだった。

こんな事を考える人物に、さやかが振り向くはずなどないとわかっていたのに。
自分がこんな最低な事を考えなければ、最悪な結果は起こるはずはなかったかもしれないのに。

ある日、幼馴染である仁美から「さやかさんに宣戦布告した」との電話が掛かってきた。
どうしてそれを俺に報告するんだとか思ったものの、仁美はこのままじゃいけないのでとかなんとか電話口で暗い声で語っていた為に何もいえなかった。
変わりに俺は「そうか」と「頑張れ」と一言。

間違いなく、後者は他意があって言ったのだ。
さやかの気持ちを知ってながら。

けれど、まさかあのさやかが仁美と戦わずして敗退するなんて思ってもみなかった。
なによりも上条に対する思いは仁美よりも負けてない、それ以上な気がしたのに。

俺の知るさやかは負い目を感じてわざわざ自分から退場して見せるなんて事をするような子じゃない気がしたし、恐らくは降りなければならないくらいのよほどの理由があったんじゃないかって感じた。
まあ、それは単純に俺の妄想で、俺がそう思いたかっただけの事かもしれないけど。

けれど真偽はどうあれ、さやかが仁美と上条を取り合う気がないのを知って、心の何処かで喜んでしまう自分が居た。
まどかからさやかの話を聞いて、悔しい事にさやかの心を案じる事よりも、さやかが上条から身を引くかも知れない事に心躍ってしまったのだ。

「(最低だな俺は。)」

まどかの話を聞いて歓喜してから直ぐ、我に返って俺は奥歯を噛み締めた。
どうやら苦虫を噛み潰したような顔になっていたらしく、まどかは俺がさやかを心配していると勘違いしたようで「さやかちゃん、心配だよね」と静かに零した。

俺はそれに曖昧に相槌を返して、まどかの優しさに胸を痛める。
彼女は本気で親友であるさやかの事を、心から心配しているのに。

「あんたは一体なんなんだよ。」

場面変わって、夜の横断歩道。
さやかを探しているという赤い少女に出くわして、まどかと喧嘩したさやかを探していた最中の事だった。

「なに、って?」
「毎度毎度、私等の戦いに首突っ込んできやがってさ。ただの一般人の癖に。」
「…さやかが心配なだけだよ、俺は。」
「あいつの保護者かなんかかあんたは。」

はっと嘲笑うような、けれども呆れたような口振りの少女に、少し考え込んでから俺はやっと口にする。

「…ただの友達、だよ。…さやかにとっては」

胸の辺りがずきずきとえもいわれぬ痛みを感じて、少し表情がきつくなる。
さらりと言ったはずの言葉は、最後の辺りがやや強めな抑揚になっていた。
さやかにとっては。そう。

少女は何かを感じ取ったのか、少し間を開けてから「そうか」とただ重く一言。
ぱっと変わった青信号を潜り抜けて、俺は少女の浮かない顔を見て少し罪悪感を抱く。
ごめん。そんな顔させる気はなかったんだ。

「あんた、いつもあのもう一人の一般人の女の子と居るから…てっきり、あの子の彼氏かと思ったんだけど。」
「まさか」

彼女が言うあの子、とは恐らくはまどかの事だろうと把握する。
俺は軽く微笑んで「俺にまどかは勿体無いよ」とやんわり否定の言葉をかける。
すると、少女は興味なさそうに「ふうん」と言ってから、すぐにぷいっと興味をなくしたようにそっぽを向く。

「(…さやかの彼氏か、とは言わないんだな。)」

彼女の何気ないあの一言だけで、恐らくは彼女もさやかから上条への恋心を理解しているんだろうと気付く。
だから尚更、そんなにさやかは上条の事が好きなのか、と胸に黒い感情が渦巻いて悔しくなった。

もしも俺が上条ならば、迷う事無くさやかを選ぶというのに。

けれど俺は上条にはなれずに、さやかはずっと俺を見ない。
その現実が如何に辛いものなのか、その日のうちに胸に突きつけられて俺はまどかと共に絶望した。

それからまた数日後の事。
あの赤い子が「さやかを助けたくはないか」と突然家に訪問してきた。
最初は彼女に面食らったものの、そんなお誘いを受けて跳ね除けるような自分ではなくて、自分はすぐにそれに喰らいついた。
さやかを救える方法があるのなら、なんでもよかった。

彼女から説明を受けて、俺はどうやら、その魔女になったと言うさやかに呼びかけをしてほしいというまどかとの橋渡し役を申し付けられた。
どうやら昨日の手前、直ぐに彼女と話すのはなんだか気が引けるようだったらしい。
けれど、何故か俺が入ると素直に話が出来るかもしれないという事らしく、俺はさやかの為ならと迷う事無くOKをした。

「まどかだったら、きっと直ぐに了承するよ。」

少し不安げな彼女にそう声をかけると、「そっか?…そっか」と頼りなさげな声で、彼女は一度頷いた。

「……なあ、ちょっと独り言言っていい?」
「え?あ、うん。どうぞ。」
「ありがとう。……俺さ、魔女とか魔法少女とか、よくわかんないけどさ。」
「…うん」
「俺にとってはさやかはたった一人のかけがえのない普通の女の子だったんだ。」
「…うん。」
「愛してくれなくていい、ただそこに居てくれるだけでいい。
俺に笑いかけてくれるだけの、元気をくれるだけの女の子でよかったんだ。」
「…」

ぽつりぽつりと語っていれば、次第に彼女の相槌が止まる。だが、それをお構い無しに更に俺は続けた。

「…なあ、杏子…ちゃん?」
「あ…?」

教えてもらったばかりの名前を呼んで、視線だけちらと隣に向ける。
だが、杏子ちゃんは返事はしてくれたけれど俯いたまま全く視線を合わせてくれなかった。

「俺も連れてってくれないか、さやかの所。」
「…それは、」
「死ぬわけじゃないよ。そういうんじゃなくてさ、ホラ。魔女になってもさやかは生きているんだろ?だったら逢いたいな。」
「ば…ばか!一般人をあんな危険な所に連れて行けるわけが無いだろ!?」

長い髪を振り乱して青褪めた形相で振り返る杏子ちゃん。
可愛い顔が台無しだぞなんてくすりと笑おうとして、けれども危険な場所と言うのに少し引っかかって先に首を振った。

「危険?まさか。さやかがそこに居るんだろ?だったら俺にとっては危険なんかじゃない。」
「でも、さやかは…」
「元のさやかじゃない、だろ。何べんも聞いたよそれは。」

さやかのソウルジェムとやらは割れて、グリーフシールドを生み出して、魔女という名の醜い姿に変貌し、元のさやかではなくなってしまったとの事。
詳しい所はまだあまり理解していないが、大まかな所ではこんな所で自分でもそれは理解していないわけじゃなかった。
杏子ちゃんの心配もよくわかるし、自分だって正直まだ恐い。
だけど、

「それでも俺は、さやかがそこに居るなら地獄の果てまでも会いにいって救ってやりたいんだ。」

現実で、俺はそれが出来なかったから。
少しでも俺が彼らの三角関係に介入していたら、そうしたら未来は違ったかもしれないのにそれが俺は出来なかったから。
だから今度こそ、例え彼女が何者であっても構わずに救い出しに行きたい。

例え、彼女の求める愛する男ではなくても。

「…本音言えばさ、さやかの王子様が俺だったりしたらよかったのに、とか思う。
俺がさやかの王子様ならどんなさやかでも、どんな姿でも変わらず愛したのに。」
「……そ、っか。」

でもそれは、叶わぬ夢だから。
一瞬、杏子ちゃんは顔を曇らせて無言になった後にふっと笑った。

「……さやかも…あんたに愛されて幸せだろうよ。」

今の今まで渋っていた杏子ちゃんは優しげな言葉を俺にかけ、にこりと、まるで聖母のように微笑んだ。
だが俺はその笑顔に「ありがとう」と微笑み返しながら、心の底ではその言葉を否定する。

それはないさ、だってさやかは俺の事なんて少しも目に入ってなかったんだから。

◆永遠の片思い

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