夢色シャトル

□すれ違いファンシー
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「だめっ」
「…はい?」

肩に手をかけようとした瞬間に、さっと顔色を変えて逃げられる。
久し振りに逢った従妹からそんな反応をされて、陽介は宙に浮いたままの手をそのままに、ぴしりと石化したように硬直した。

「…か、かえ、で?」

一瞬、頭の中が真っ白になり、そしてすぐに自分が何かしたのだろうかと焦燥する。
ちょっと前まで懐いていた可愛い従姉が、一緒に絵を書いて話をしたりじゃれあったりしてくれていた彼女が、よもや数日足らずで自分を拒否してそんな怯えた目を見せるだなんて、いや、そのちょっと開いた期間に連絡の一つも寄越さなかったのがいけないのか、…まさか此処までとは予想していなかっただけにショックは大きい。
この年頃の女の子は成長するのが早くて気難しいとはよく同僚から聞いたけれど、だからといってこんな突然に人が変わったように変貌してしまうものだろうか。
混乱する頭の中で何とか考えを纏めようと陽介は暫し無言で自己の世界に陥る。

だがそんな陽介を見て、楓はてっきり彼がとてもショックを受けてしまったものだと思い込んだ。

「あ…」

楓からしてみれば陽介との触れ合いに他意はなかったのだ。
父が一旦向こうに帰ったその翌日に、まさか彼まで仕事を休んでこっちに来てくれるとは思わなかった。
久し振りに出会った恋焦がれていた従兄弟の顔に喜ばない訳がなくて、楓はすぐさま彼の腕に飛び込みたい衝動に駆られた。
しかし、虎徹がいったん家から去った後、突然発動してしまった自らのNEXT能力に手を焼いていた事を即座に思い出す。

別に、陽介はNEXT能力が開花したくらいで偏見をして自分を嫌った居るするような人間ではない事はよく理解している。
けれども問題はそのNEXT能力を自分の力で制御できない事なのだ。

先程ちょっと触れただけで粉々になってしまった湯飲みの事を思い出して、楓はさっと血の気が引いた。
もしも…もしもアレが、陽介だったら。陽介なら。

そう思えば忽ち大好きな彼に触れるのが恐くなって、彼に触れられるのが恐くなって、つい楓は図らずしも彼を拒絶する行動を取ってしまった。
勿論すぐさま自分が酷い事をしたという事に気がつく。
だが既に時は遅く、目の前の陽介は呆然としたまま此方に手を伸ばした状態のまま固まっていたのだ。

「あ…う…陽介…あ、あのねっ、その…」

目の前の彼に申し訳なくなって、楓は静かに後ずさる。
ごめん、陽介!違うの、違うの!!とは心の中の声で、けれども陽介にとってはその何気ない楓の行動が更に自分を拒絶しているように見えて、

「(そんなに俺の事嫌いになった!?)」

脳天に稲妻が振ってきたような衝撃と痛みが彼自身を襲った。

足に力が入らなくなって自然にふらりと身体が揺らぐ。
やっぱり、仕事だからと彼女と連絡も取らずに居たのがいけなかったのだろうか。その事についてはきちんと悪いと思っているし、だから楓の喜ぶようなプレゼントを一日がかりで探してきたというのに、もしかしてそれも渡せないような、或いは「こんなもんいるかー!」とかって放り投げられるほど嫌われてしまったのだろうか。
あの可愛い楓はもう戻ってこないのか。
陽介の妄想は更に悪化し、完全に彼女に嫌われているものだと認識してしまった。
ふと、腰のポケットに入ってる楓へのプレゼントの小箱を思い出して、陽介はとても悲しくなる。
陽介は自然と、自分のポケットに目をやって俯いた。

「(や、やだ…陽介…もしかして、私の事嫌いになった…?)」

するとそれを見た楓は、てっきり陽介が自分から眼を逸らしたと勘違いして、どうしようと此方も此方で焦りを見せる。
暫く連絡も取れなかった彼の事を一方的に怒っていたのは確かだ。
けれど、昨夜父から「あいつ、明日楓に逢いに来るってよ」とか言われて浮き足立ってしまったのは事実。
だから今日と言う日を心待ちにして、久し振りに出会った彼にちょっと拗ねて「どうして連絡なかったの」とか、けれども直ぐに笑って「今日は私に付き合ってもらうんだからね」とか強気に言ったりするつもりだったのに。
楓は泣きたい気持ちでいっぱいになった。

「(どうしよう…)」

どちらが先と言うわけではなく、二人は同じ事を考えた。
がくりと肩を落として項垂れる陽介と、しゅんとして俯いてしまう楓。

と、そんな二人の間に低音の声が響いた。

「おい。お前らいつまでそこで固まってる気だ。」

陽介をここまで乗せてきた村正は、陽介から安寿への贈り物である料理酒、醤油、サラダ油、その他諸々を片手にしながら、険しい顔で肩を竦めた。
「いい加減に重いんだが」と、玄関先で固まっている二人を見て呆れたように割って入る村正。
やっと彼が居た事を思い出した二人は、はっと顔を上げて同時に玄関から離れて、村正に道を譲る。

「おおおお、おじさんッ」
「陽介。これは先に母さんに渡して構わないのか?」
「えっ?…あ、ああ。はい、勿論。」

第三者が居た事に気づかなかった楓はわたわたと慌てて、顔を真っ赤にする。
そんな楓を見てくすりと笑い、村正はぽんとその頭を撫でて寡黙に一足先に中へと入っていった。
すると、その村正の何気なさに、陽介はぎょっとして「俺が先に抱きしめるはずだったのに!」と声に出して吼える。
それを聞いた楓は「えっ」と目を丸くして驚いて、そして更に顔を耳ごと真っ赤にさせた。

「だ、抱き…って…お、おじさんは触れただけでしょっ」
「う。そ、そうだけど…でも、だって俺が一番最初に楓に触れたかったし…なのに楓が俺の事嫌になったみたいだから…」
「な……ば、ばかばか違うよっ。嫌いなんかなるわけないじゃん!私はそうじゃなくってぇ…」
「え?ち、違うの楓?!」

背後の声を聞きながら中に入った村正は、小さく笑んで戸を閉めた。

◆愛されてると知ったときの喜びは異常

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