夢色シャトル

□間違えたのは誰だ。
1ページ/1ページ


自分がその仕事をしたのは兄に唆されたのがきっかけだ。

ちょっとした事をすれば金が直ぐ手に入る。
自分が直接手を下す事はない。ただ単に手伝ってくれればいいだけだと。
今思えばあの時の彼の台詞は胡散臭い以外に何者でもなかったのに、その時の陽介は全くの無知で気づいていなかった。
よもや自分が犯罪に加担していた事に。

最初は銀行強盗。次は窃盗。最後に殺人。
それらは総て兄の提案の元、為された。
兄の手際が良かったのと、陽介の機敏な行動ゆえにか、今まで行った三件とも彼らは捕まる事がなかった。
味をしめた兄は、今度は二手に分かれてやろうなんていいだして陽介を誘った。
陽介は乗り気ではなかったものの、ここまでやってしまったら後には引けないと、兄の話に乗った。

本来ならば逃げ出すべき事も出来たはずなのに、自分がそれをしなかったのは純粋に金欲しさの為と、兄を捨て置けないからだ。

だがしかし、やはりその「仕事」は彼には向いていなかったようだ。

強盗に入った家で、いつもならしない油断とミスをうっかりしてしまい、陽介はその家の家主に猟銃で、でかい一発を正面から諸に食らってしまった。
陽介は舌打ちをしながら徐に彼に応戦した。
その際、一発、脳天に入ったおかげで、びくりと男は一度振るえて、事切れた。

じわりと赤い液体が頭部から零れて染み出たのを確認した後、放心する前にその場から立ち去った。
が、男が騒いだのがきっかけで二人の喧騒を耳にしていたらしい人物が即座にしかるべき所へと救助を要請したのだ。

深追いしてその相手にも止めを刺すなんてことはまだ陽介には出来ず、兄が教えてくれた逃走ルートに逃げ込むほかなかった。
だが、結局陽介の足は、予定していた逃走ルートの五分の一にも満たない場所で立ち止まった。
刺され所が悪かっただろうか、がくりと膝をついた陽介は、壁伝いに路地裏の方へと身を隠す。
けれども流れる自分の鮮血が道しるべとなって、間違いなく此方へきたことを証明していた。

恐らくは、滞在しているのも長くは持たない。
この血を辿って正義の使者が自分に報復をしに来るだろう。
ずるっとゆっくり座り込み、煙草に火をつけ、それを咥える。
こんな優雅な一服をしている余裕はない。
ないのだが、どうしても今これをしなければ今後こうして一服する機会がないと直感が告げていたのだ。

「はぁ…、…ッ…!…く、」

曇った息を吐いた瞬間、身体にびりっと電流が走ったような激痛が走る。
身体をくの字に曲げたまま、暫く陽介は動けなくなった。
痛みが走った分を反射的に押さえつけて、大きく荒い息を吐き出す。

「は……あ…!」

ぜえぜえと肩で息をして、奥歯を噛み締め痛みをかみ殺す。
しかしそれでも、一度気付いた痛みは簡単に消えそうにもなかった。

だというのに、こんなに全身にずきずきと痛みを感じるのに、何故か陽介の顔は、緩やかに、穏やかに笑んだままだった。

「…ふ、っは…はは」

息を吐くような、笑い声。
まるで自身の痛みを他人事のように嘲笑うように、あるいは狂人の如く。

「あー…ほんと、おっかし…」

今までこんな阿呆らしい失敗した事がなかったというのに。
よりによって、今回に限って僅かな油断を見破られてこんな無様な姿になってしまった。
目の端に浮かんだ涙を指で掬って、陽介はゆっくりと冷たい壁に手をつける。
だがどうしても重い腰は動かなかった。

「本当に、俺の体か…?これ…っと、…ッ」

腹を庇うようにして、陽介は呻き声を上げて立ち上がる。
壁に手を当てて、よろよろと足を動かしながら、とりあえず此処から失せなくてはと本能が彼の身体を動かす。

大丈夫だこの位。
一度自分は両足が折れても這って生き延びた過去を持つじゃないか。
たかだか腹をやられた程度で直ぐに死ぬとも思えない。
とは言えど、これ以上身体に無理をさせたら自分は本当に危ないだろう、と心の何処かで誰かが叫んでいた。

「…は、」

けれども自分はそれをねじ伏せ嘲笑う。
そんな窮地は何度もあっただろうと。
すると、そんな声を無視したのがいけなかったように、ふと目の前に何かの気配がちらついた。

「っ、」

一歩、進む前に足を止める。
その後に、かつんと自分のものではない足音。
もうばれたのかと陽介は咄嗟に懐にあった銃に手をつけて、全身を強張らせる。
どうすればいいか、と頭の中で選択肢が浮かぶ。

ところが、目の前の姿を目にした瞬間に自分は何も出来なくなっていた。
陽介はぴたりと手を止めて、自分を凝視する人物を見返す。

「(……ああ、やっとか)」

やっと、とはやっと自分が捕まれることに対する安堵だったのか、それとも遂に追っ手が着てしまったことに対する絶望だったのかはわからない。
ただ、その先に居た姿は非常に覚えがあった姿で、陽介は自然と心を落ち着かせた。

「逢いたかったですよ、陽介。」

その言葉には嘘偽りはない。
確かに自分に逢いたかったという気持ちが心より込められていた。
ただし、それは決して良い感情ではなく。

「…俺は二度と逢いたくもなかったよ、」

陽介は心底疲れきった声で、本心を溜息のように吐き出す。
彼の姿を見たくないと目を伏せつつ、髪を掻き揚げれば額にはぬるっとした汗がこびり付いていた。

「貴方だとは、思いたくなかった。」
「…いつから知ってた?」
「……ほんの、少し前です。」

自分を冷たく見下しながらも、軽く動揺が見られる複雑そうな彼の表情。
それは自分の家で見たあの時の弱弱しい表情とはまったく違っているものだった。
言いにくそうに視線を逸らすバーナビー。
陽介はそうかとだけ頷いた。

「何故あんな事をしていたんです。」
「…さあ、な。」

彼の返事を諸共せずに、冷静な言葉で陽介はしらを切る。
足に力が入らなくなってぐらりと身体が揺れそうになるも、相手に悟られないようにわざとパフォーマンスをしたように見せて、壁に背を預けた。

「金さえもらえれば俺は何でも良かったんだよ、」
「…誰にあんな事をさせられていたんですか」
「誰に、ね。」

その口振りはまるで自分の意思でやっているとは信じていない様子だった。
相変わらずな彼の自分への信用にくすりと笑う。

「馬鹿だなお前、誰にやらされていたもなにも、実際殺したのは誰でもない俺だ。」
「…だから言えないと?」
「正解。」

最初は兄がした事について物凄く自分は後悔して、自分一人でも逃げ出したくなった。
だけどそのまま間違っていく兄をただ見ているなんてことは出来なくて、陽介は唯一の肉親を救いたくて、気付けばここまで来てしまった。
今でもその思いは変わらない。だから陽介はバーナビーに問われても何も言わなかった。
しかしバーナビーはそんな陽介に、酷く顔を歪める。
「そんなに彼が大事ですか」と、呟いた彼に陽介は言葉を返さずにただ目を伏せた。

「何故、言ってくれなかったんです一言も」
「…言えるかよ、」

お前はヒーローなんだぞ。と冷たく放てば、びくりとバーナビーが震えた。

「第一よ、今はもうこれが俺の、唯一の存在理由なんだ。」
「存在理由、だと…?」

対峙する男の顔が醜く歪む。
ぎりりと唇を強く噛み締めて、据わった目で此方を睨んだ。

「ふざけるなッ!あの男の傍に居て、言いなりになって、人を殺して…それが貴方の存在理由だと!?
馬鹿げている、全く馬鹿げている話じゃないか!貴方はあの男に利用されていただけに過ぎないんです!」
「…そうかもな。」
「わかっているなら何故こんなッ!」

ふるふると怒りで全身を振るわせる目の前の男。
その瞳に宿る冷たい炎は、陽介の心を僅かに振るわせた。
陽介は目の前の彼を嘲笑うかの様ににやりと笑う。

「俺もお前と同じ。…一人じゃ恐くて何も出来ない人間だからよ。」

くらり、と一瞬眩暈がして視界が歪む。
そろそろ身体に限界が来ていることを察知して、はあと熱い吐息を零した。

「僕では駄目だったんですか。」

ぼんやりとする視界で何とか瞳を動かして彼を捉える、彼の表情はよく見えないが、声色は震えていた。
まるで自分の前で弱っていたあの時と同様に。

「僕の傍に居てくれるといったのに、貴方は僕を見ていなかったんですか。」

違う、と僅かに眉が動いてしまった。
だが、直ぐに目を伏せて言葉を考える。
今それを口にしてしまったら、そうしたら兄を裏切ることになってしまうと思ったから。

「約束、したじゃないか」
「…」
「貴方はあの時、自らのその口で誓ってくれたじゃないか!なのに…っ」

彼の姿をあえて見ないように目を伏せるも、その声は痛々しく叫んでいて再び身体に小さな痛みが走る。
だがそれは怪我を負った患部ではない。
胸の奥底、心と呼ばれるものだった。
だからこそ、陽介はその痛みに封をしてなんでもない顔で彼に笑う。

「犯罪者はさ、皆嘘吐きなんだよバーナビー」

言えば、バーナビーはびくりと肩を震わせた。
僅かに間を開けて、水でも被ったようにすっと冷静になるバーナビー。

「……貴方は結局消える人だったのか。」

あの時見た夢のように。と呟く彼の言葉を知らんフリをして、陽介は「兄貴は捕まったのか?」と平然と訊ねた。
じろりと此方を憎らしそうに睨んだバーナビーはふんと吐き捨てる。

「…貴方の兄は逃走途中で車に轢かれて、…死亡した。」
「即死か。」
「……ええ。」

あっさりと此方が訊ねたことに、自分が言ったのに僅かに動揺を見せる男。
陽介はそれを聴いた瞬間にまるでつき物が落ちたかのようにほっとしたのだ。

「…陽介、貴方だけでも逮捕する」
「それは無理だ。」
「なに…?」

一歩此方に向かってくるその足を止めるように、銃を上に持ち上げる。
その瞬間、彼の姿は強張りその場で止まった。

「陽介…ッ」

この期に及んで、まだ悪あがきを。と思っているのだろうと陽介は笑う。
だが、陽介は手にした銃を相手に向けるではなく、自分のこめかみにこじ当てた。
ぎょっと驚いた表情を浮かべる目の前の男に、男はくすりと口角を上げた。

「嘘吐きで御免な、バーナビー」

兄が居ないのならば自分は生きている意味はない。
もう着いていく人は居ないのだから。
例え、目の前に傍に居ると約束した彼が居ても。

「まッ……陽介っ!」

待って。と彼が言ったような気がした。
だが、もう犯罪者には聞こえない。
一瞬の乾いた音と共に、ぱんっと弾けて散った赤色の流水。
流水は陽介の目の前を赤で埋め尽くして、そしてやがて黒になった。

◆暗闇に連れて行かれた青年

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ