夢色シャトル

□僕の愛する女神様
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「いい子だよな、まどかは。」
「え?」

穢れを知らない純粋な、まるで子供のような綺麗な心を持った真っ直ぐな優しい子。
その優しさは誰にでも平等に発されて、自身でも気付かないうちに誰かの心を救ってる。
本当はいい子なんて一言じゃ言い表せないくらいの凄くて美しい存在。

「もう、どうしたの陽介君ってば…いきなり。」
「いきなりもなにも、いつも思ってる事を口にしただけだよ。」

まどかは自分がダメな子とかそんな風に思っているらしいけど、俺はそんな事を考えずに、もっと胸を張って少しくらい自慢をしたっていいと思うと言った事があった。

けれどその後、その発言は間違いだった事に後で気づいた。
恐らくは、まどかはそんな事も出来ないし、しようとも思わないから、正真正銘のいい子なんだとわかって。

そんな優しく純真な彼女だから、
だから、惹かれたんだ俺は。

「な、まどか。」
「なに?陽介君。」
「だいすき。」
「ふえっ?」

い、いきなりなに?と若干舌足らずにぎょっと目を見張るまどか。
びくりと小動物のように慌てだしたまどかに、くすくすと笑みを零す。

「言いたくなったんだ。単に。」

君が愛しくて愛しくて、眩しくて眩しくてたまらないから。
思うことだけじゃ物足りなくなって、つい口に出してしまった。

口にしなきゃいけなくなった。

「まどか、」
「…もう。なあに…?」

頬を染めながらも、きちんと話を聞いてくれる可愛い子。
俺の大事な大事な可愛い子。

「あのな、まどか」

何度も何度もその名前を呼ぶたびに、胸の鼓動が波打つ。

「俺はさ、まどかに怒られるかもしれないけど、」

大好きだ、愛してる。
そんな愛の言葉も足らないくらい、君にもっといっぱい伝えたい。

「出来ればずっと何にもせずにまどかに俺の傍に居て欲しかった。」

でも君は、困っている誰かを見過ごして生きていく事などできない子だから。
いつかは居なくなってしまうだろう事は、自分自身何処かで気付いていた。

「だから最後に、きちんと言うよ。」

何故自分が最後だと口走ったのかは、きちんと理解は出来なかった。
けれどもあの暴風雨の中へと一人走り去ってしまった彼女を見た時から、既に自分は彼女はもう戻ってこないと確信していたのだ。

だからこうして今彼女に出会えているのは、恐らく夢か幻か、でもどちらにしろきっと最後だろうと感じていた。

瞼を閉じて、改めて目の前の姿を認識すれば、その姿は神々しく輝いている。
まるで女神様みたいだな、なんて言うとまどかは何も言わずに微笑んだ。

「俺は、君の見ている啓介は鹿目まどかを、一生なにがあっても愛してる。愛し続ける。」

愛してた、じゃない。愛してる。愛してる。これからも。
月並みな言葉かもしれないけど、もう伝えられなくなるかもしれない事を思えば、例え薄っぺらく聞こえても何千何百と口にしたかった。

「…なんだか、恥ずかしいな。」

そのまどかの声色は、いつもの彼女と一切変わりはない。だからこそ余計にこの胸を刺した。

「やだ…泣かないでよ、陽介君。」

言われて初めて、自分が涙を流している事に気づく。
そして自覚した瞬間、嗚咽が止まらなくなってしまった。

自然と身体に力が入らなくなってがくりとその場に膝をつく。
子供みたいにぐしゃぐしゃになって泣きじゃくって、最早言葉を出す事すらままならなくなった。
まだまだ彼女に伝えたい事は幾らでもあるのに、何一つも伝えられないなんて情けない。

「わかってるよ。陽介君の言いたい事。
陽介君の思ってること。
陽介君がどれだけ私を愛してくれたか、陽介君がどれだけ私の事を大切に思ってくれていたか、
陽介君が何度私を救おうとしてくれたか、何度救ってくれたか、何度…陽介君…が……何度…」

そこまで言いかけ、まどかの声が僅かに震えた。
小さく呟くように囁いた言葉が良く聞こえず、ゆるゆると面を上げる。

「…まど、」
「陽介君。大好きだよ。」

彼女の温かな指先が額に触れて、前髪を揺らす。
露になった自分の額にそっと触れるだけの口付けが落とされた。

「だって私も陽介君の事、啓介君が思っている以上に愛してるんだから」

だから私は此処に居るの。
まどかはそう言って、両手で俺の頭を支えるように抱きしめてくれた。
優しい彼女の腕の温もりは、一生忘れないほどに暖かい。
けれども、直感的に忘れなければならないのだと感じてしまった。

「…まどか。」
「うん。」
「あい、してる」
「…うん、」
「あいしてる。」
「うん。」
「せかいで一番、愛してる。」

ぎゅうと彼女の身体にしがみつくように抱きついて、涙を流しながら何度も何度も壊れたラジカセのように続けた。

きっと彼女が此処から居なくなれば、自分が涙を流していた事実すら忘れてしまうのだろう。
何故自分が涙を流しているのか、それすらも思い出せないんだろう。
彼女が目の前から居なくなった瞬間、自分は確実に死ぬのだ。
少なくとも、心の底から鹿目まどかを愛した自分自身は。

だが、心を読んだようにそれは違うとまどかが言った。

「私を愛してくれた陽介君は、私が覚えている限り、一生私の中で生きているよ。」

例えあなたが忘れても。
私もあなたを愛し続けているんだから。

だからあなたはずっと生きて。
生きてくれないと、

「私、泣いちゃうんだから。」

彼女は悲しそうに、けれども満足そうにそう言った。

「…ずるいな、そんな殺し文句。」

まどかに泣かれるというのは俺にとって一番嫌な事だ。
それをさせた相手は誰であろうと許さない。
それが例え自分であろうとも。
だから、そのまどかの言葉は呪いよりも凶悪なものだった。

◆呪縛のような愛の言葉

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