夢色シャトル

□ヒーローだって人の子だ
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鏑木楓の従兄妹、陽介は一応ヒーローの一員であったりする。
どんなヒーローなのかと一般的に問われれば、はっきり言えば余り記憶に残らないヒーローだ。
別にそれは単なる記憶操作とか、透明人間だとか、そういった類のNEXT能力が彼に備わっていてそうさせるというものじゃない。
ただ単に彼は物凄く影が薄い人間というだけなのだ。

だからと言って別に彼は活躍していないわけではない。
彼なりに火事が起これば皆が派手な人助けをする最中、自分は避難する人々を安全な所へ誘導したりとか、事故が起これば交通整理をしたりとか、犯人が逃げれば追いかけて待てーとか銭形のとっつあんばりの追尾をしたりとかしている。
だがしかし、彼は本当に冴えない人間であり、その素質がヒーローになっても抜けきれぬため、どんな活躍をしても「ああ、居たっけ?」程度の扱いを受けるだけなのだ。

若いて言うなら、「イーッ」とか言ってるコミカルな下っ端戦闘員A並の居ても居なくても構わないような存在。
居ても対して役に立たない存在。
居なくても変わりが出来る存在。
悪役を例に挙げるわけではないが、彼はまさにこの通りの資格を持ったヒーローなのだ。

勿論本人もそれを気にしていない訳じゃない。
否、普段は特に気にしては居ないがとある一人の大事な存在の前になると急激にその事がコンプレックスとなって気になってしまうのだ。

「ほんっとう、今日のバーナビー様もかっこよかった!」
「……ああ、そう。」

いつも通り、仕事を終えて久し振りの従兄妹との通話をしていた陽介は、彼女の口から溌剌として出たその名前にぴくりと眉を動かした。
飲み掛けのミネラルウォーターを机に置いて、表情は笑顔を携えながら心の中でぎりりと唇を噛み締める。

「もうあの颯爽と、そしてクールに事件を解決する様は素敵以外の何者でもない…っていうか、素敵を言っても全然足らない!」
「…ああ、そーなんだー。」

盲目的に彼を語る楓に、陽介は上っ面の笑顔で素っ気無い返事を返す。
だがそれでも全く気にする事無く更に愛するヒーロー、バーナビーの良さを活き活きと話す楓。
その瞳にはキラキラとした星が灯っていて、通話先の自分ではなく明後日の方向を見つめている。
陽介は笑顔の裏で般若の形相を浮かべながら、眉をぴくぴく動かして顔を引きつらせた。

「楓って本当バーナビーが好きなのな。」
「うん、好きっ。大好き!!」
「…む。」

素直なのは大変良い事だ。
にっこりと愛らしく微笑む楓には正直胸が高鳴ってしまう。
けれどもその彼女の笑顔が赴く相手は自分ではなく、別のヒーロー。
それを思えば愛らしい笑顔が忽ち憎らしく変わってしまう。
陽介は段々と表情を険しくしつつ、俺だって。と心の中で子供じみた嫉妬を浮かべる。
今日だって、強盗事件の際には人質の安全を確保したりした。
…まあ、強盗を取り押さえたのはタイガーで、最終的にはいつも通り良い所は全部、他のヒーロー達に持っていかれてしまったが…。

「(それでも俺だって頑張ったんだ、そりゃあ楓の一番にはなれないだろうけど、…せめて良い事したんだって、目の端くらいに入ってもいいじゃないか…)」

と、不貞腐れながらそう考えて陽介はハッと我に返る。
幾ら見栄を張りたい相手が居るからと言って、今の自分の考えは酷くヒーローらしくはない、愚かな考えだったからだ。
別に善行を行うことにより、見返りを求める訳じゃない。
訳じゃないのだが、それでもこうまで全く自分の事に無関心だと「自分だって成し遂げた事はあるんだ」と声を大にして暴露してしまいそうな気持ちになった。
それがどれだけ卑しい事か知っていても。

「(…困ってる人を助ける位一般人でも出来ることなのに、ちょっと力があって助けたくらいで胸を張るってのは馬鹿だな、俺…)」

普段ならこんな風に思う事はないのに。
それでも思ってしまうのは恐らくそれほど眼前の相手に気にして欲しいと意識しているせいだろう。
自己の世界に入って、考えを整理し冷静さを取り戻した陽介はふうと息をついて未だにバーナビーの良さを語り続けている楓に脱力する。
ふと何気ない疑問が浮かび、今回活躍を遂げたタイガーの話に摩り替えてみた。
因みに、これはシークレットであるがタイガーの正体は実は、鏑木・T・虎鉄という彼女の父親だったりするのである。
しかし彼は自分がヒーローであるという事実を娘である楓に伝えていないので、楓は何も知らない。
また、陽介自身も虎徹に強く口止めされている為、その事を彼女に明かしていないのだ。

「タイガーはどうなんだ、ほら最近頑張ってるじゃん。
今日だって、身体を張ってたのあの人だったし…」
「えっ!…ああ、そうだっけ?」
「そうだっけって…」
「その時バーナビー様が画面に映ってるのしか見てなかった私。」
「…」

こ、虎徹さんがかわいそうにも程があるだろ!!
心の中でそう嘆きながら、陽介は本当の事を言えずにぐっと堪える。
目の前で父親の活躍する姿が映っているというのに、娘は何も知らずに他のヒーローに夢中とは…。
これは自分よりも彼の方が可哀想なのかもしれない、と陽介は苦笑し、それ以上彼の話を進めるのをやめる。
下手な事を言えば、馬鹿な自分だからすぐにボロを出して彼女にタイガーの正体を明かしてしまいそうになるからだ。
だが此処で切り上げてしまうのも可笑しい。
カモフラージュの為に少し考えた陽介は「それじゃあ」と今度は別のヒーローの名前を出す。

「スカイハイとか、折り紙サイクロンとかは?結構今回あの二人暗躍してたぞ。」
「そうだっけ?」
「…そうだっけって、お前…」

とりあえずぱっと思いついた二人の名前を挙げてみるも、楓は全く的を得ない顔できょとんとして逆にうーんと唸って悩み始める。
あ、これは多分次に出る言葉は「私はバーナビーしか」に違いないと即座に察した陽介は直ぐに話を別に移そうと試みる。
だが、その前にふとここまで来た流れならば自然にひとつ彼女に問い掛けが出来るだろうかと考えて暫し悩んだ。

「(…試しに、俺の事も聞いてみても、いいかな…)」

陽介の言う俺の事、とは、陽介自身の話ではない。
ヒーローとして活躍を繰り広げている陽介の話だ。

正直自分の事を白々しく他人顔して聞くのは得意ではないし、自分の話をわざわざするのも気恥ずかしい所があった。
けれども自分がヒーローとなってから今まで一度も楓の口からヒーローである陽介の話を聞く事はなく、もしかしたらこのまま一生目に入れてもらえないのではという一抹の不安すらあった。
だから、せめて自分の評価だけはその口からちょっと耳にしておきたかった。
こんな卑しい気持ちを持つのもこれだけだ。
今後褒めてくれともなんとも絶対思わないから、せめてこれだけ、今だけ彼女の自分に対する気持ちだけを聞きたい。
陽介は意を決して体を強張らせる。

「あれ、あいつは…どうなんだ?」
「あいつ?」

案の定バーナビーの話をしようとしだしていた楓に、何気なく、さり気無く、本当に他人事のように陽介はひっそりと話し始めた。

「ほら、最近入った…新人の。」

あの若造の、と自分で言いながらどこかむず痒い気持ちがして、陽介は半笑いで楓に尋ねる。
何処か可笑しな顔になってないだろうか、声は上ずってないだろうかと不安に思いながらも、慎重に陽介は楓の言葉を待つ。
すると楓は顎に手をあて、ちょっと悩んだ素振りを見せた。
ほんの僅かの時間自分達の間には静寂が訪れ、陽介はごくりと唾を飲む。
すると真顔で楓が一言であっさり答えた。

「はっきり言って、地味。」

「……ああ、そうかい。」
「っていうか、今陽介に言われるまで私ぜんっぜん、気付かなかった。
陽介良く見てるんだね。」
「…いや、たまたま目に入ったから…」

思わず、悪かったな地味で!どうせ俺はあの濃い面子の中ではただの石ころにも満たない存在だよ!と半泣きで狂乱して怒りをぶつけそうになる。
だが勿論そんな本音は一切吐露できず、ぐっと踏み止まり空笑いを零した。

また自分の切り返しもショックを受けたとは言えど「たまたま」とかそんな言い訳もないだろう。
そんな事を言ったせいで余計に「だよね、わからないよね」と楓が無邪気にけらけら笑っているじゃないか。
心の奥で小人がナイフでざりざりと自分の胸を抉っている幻想が頭をかすめ、自身を持ち直す変わりに「楓は本当にバーナビーしか見てないもんな」と投げやりに言った。

「勿論っ。私の目に入るヒーローはずうーっとバーナビー様だけなんだものっ。」
「へーいいねえ。いいねえ。そうですかー。」

するとバーナビーの話になると本当に目の色を変えて、両手を組み合わせて再びキラキラする楓。
それを見て陽介は先程の小人のナイフがぐさりと鋭利に胸に刺さったような気がして、同時に途轍もない無気力感に襲われた。
結局、どれだけ自分が頑張った所であのハンサム野郎には敵いはしない。
どれだけ背伸びをした所でやはり彼女の中での彼に足が届きはしないのだ、と自覚するとどうしようもない悔しさと空しさが訪れた。

空疎な心に支配されて、陽介はもう彼女にとげとげしい言葉を吐くことも忘れて、ただその話を聞いていた。
だが、ふと楓は声を止ませてちらりと此方を確かめるように見てくる。
話を聞いているか聞いていないか、不安になったのだろうか。と思って陽介は聞いているぞとジェスチャーをしようとした。
するとはっきりとした声で、でも」と、楓が真剣に此方を射抜く。

「バーナビーは私の憧れる手の届かない一番のヒーローだけど…

…私個人を護る身近なヒーローは、やっぱり陽介でないと許さないんだから…」
「………え、」

一瞬、何を言われたのかわからず陽介はぽかんと間抜けに口を開く。
ぼけっと楓を見ていれば楓は見る見るうちに顔を真っ赤に染めて「やっぱなんでもない!!」と怒涛の剣幕で声を張り上げる。

「あ、あ、あしたも忙しいんでしょ陽介っ、だったら電話してないで早く寝なさい!!わ、私これから宿題あるから!」
「え、ちょ…」

物凄い早口で捲し立てあげると、じゃ、じゃあね!と慌しくなって楓は一方的に通話を切る。
陽介は呆けていたものの、慌しい楓に気づき、すぐに待ったをかける。
が、しかし既に電話口の楓の姿は消え、後に訪れるのは静寂。

「…」

思わず口元に手を当てて、陽介は自然と緩んでいたらしい顔を抑える。
途端に自分の体が変に軽くなった気がして陽介は目をぱちくりとさせた。

「楓個人のヒーローは…俺、か……」

改めて呟いて自分でも気持ちが悪くなるくらい表情がへらりと緩む。
もしも今鏡を覗いたらそこには奇妙な馬鹿面した男が居るに違いないと自分で確信しながらも、やはり浮かれた気持ちは止まらなかった。
そっかそっか、うん。楓個人のヒーローは俺じゃないと駄目なのか。
そうかそうか。

ん?でもそれって…

「結局はヒーローである俺はノー眼中ってことじゃね?」

◆そんだけ君は地味なんだ。

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