夢色シャトル

□終わりを願って始まりが訪れた
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例えばもしも何か一つ願いが叶う魔法があったとしたならば、恐らく自分はその魔法にこう願いをかけるだろう。
「世界よ終われ」と。

一時期自分はそれこそ他人が見たら引くくらいに大荒れしている時期があった。
理由は至極単純な事。十年間片思いをしていた女に男が出来た。ただそれだけ。
否、理由は確かに他にもあったに違いないのだが、一番自分を歪める原因となったのはその失恋が原因だった。

その日の自分は行く当てもなくどこかへふらりと歩いて、いつも通りに不良三昧の生活を送るつもりだった。
家に帰っても自分に見切りをつけた両親から白い目で見られるだけだし、友人達はとっくの昔に自分に愛想をつかして音信不通。

別に自分が何処に行っても咎める人は居ないわけで、陽介はふらりと夕闇に溶けていく街を放浪していた。

待ち行く人々の中でたまに目にするよくあるカップル。人目を凌がずいちゃいちゃとして公害を撒き散らす連中を見て、陽介は酷く不快な気分になって訳もなく彼らを睨みつけて回った。

まるでその姿が、自分が恋していた女とその女を奪った男に重なってしまったからだ。
自分達を射抜く視線に気付いたカップルは蜘蛛の子を散らすように青褪めて去っていく。
口ではチッと不快な気分を表すようにしたうちをして、けれども心の中では全く満たされない空虚な気持ちを感じていた。

「(マジで、消えればいいのに俺)」

夕焼けが夜の闇に変わる一瞬の世界の狭間で、陽介はぼんやりそう思う。
どうせこのまま俺一人が居なくなってもなんにも世界は変わりはしない。
だったらいっその事こんな屑で人の迷惑にしかならない自分は居なくなった方がいいんじゃないかと、そう考えた。

何処でどういう道筋を辿ったかは覚えていない。
気付いたら、そこにいた。
少し頼りなく光る街頭が自分を照らし、その前にある景色を改めて自分に見せる。

「(…電車、)」

かんかんと忙しなく、けたたましく鳴る電車の前でごくりと唾を飲み込んだ。
一瞬だ、きっと。直ぐに身体は肉塊に変わり、そして散って消えるんだ。
だから痛みなんて感じない。だから恐くなんてない。自分に言い聞かせるように何度かその言葉を繰り返して、漸く決断する。
ふうと一つ息を吐いて、陽介は黄色と黒の棒に手をかけた。

「駄目よ。」

しかし、その手が棒を握る前に優しく自分の手の上に一回り小さな掌が乗せられる。
柔らかな手の感覚とは違い、凛と響く厳しい声。
陽介は幻覚でも聞こえたかと、瞬きをして口からは空気に近い声を吐き出した。

「………え?」

何気なく自分の掌の上にある手の先を辿れば、真横には真剣に俯く黄金色の髪色を持った女性。
淑やかそうでいて芯の強そうな彼女の瞳はじっと自分の手を射抜いていて、ゆっくりと唇を開いた。

「馬鹿な事なんてするもんじゃないわ。」

…それが第一の、自分と彼女の記憶。
彼女と出会った初めての記憶。
そして、これ以降深い関係になる彼女との初めての出逢いだった。

◆叶わない魔法

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