夢色シャトル

□僕と彼女と義兄の事情
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「未来日記?」

たまたま遊びに来た近所の弟分の家で、鬱蒼とした顔の彼からそんな話を切り出されるとは思わなかった。
彼の家で簡単に作ったスパゲティを頬張りながら、そんな事を思った陽介は雪輝に鸚鵡返しに聞き返す。
雪輝は暗い顔でぽちぽちと携帯を動かしながら唸りつつ頷いた。

「うん…まあ、その。話せば長くなるんだけど…」
「んじゃあいいや。」
「ちょっ、」

もぐもぐと口に入ったものを味わって噛み砕く作業に戻りながら、陽介は興味をなくしたように雪輝及び日記からぱっと眼を離す。
それを見た雪輝はぎょっとして、慌てた様子で陽介の腕を掴んだ。

「せ、せめて嘘でもうんって言ってよそこは!こっちは相談しようとしてるのにさあッ」
「しょーがねえだろぉ?俺長い話とか嫌いなんだよ。なんつか、途中で眠くなって来るんだよ。校長の話も嫌いで立ったまま眠る特技つけたくらいだし。」

ゆさゆさとフォークを持つ手を揺さぶりながら、まるで子供が構って欲しいような行動を取る雪輝。
そんな雪輝に苦笑を返しながら、陽介は雪輝の手を取ってぺいっと振り払う。

「こ、校長の話と可愛い従兄弟の話は別物だろっ!普段ならきちんと聞いてくれるくせに!」
「聞いてくれるって言っても、お前が俺に主に話すのは勉強の事じゃねえか。…ああ。そういえば、最近お前俺にあまり聞かなくなったな。」

その割には成績が良いみたいだし、と雪輝の部屋から持ち出してきたテストの答案をひらりと見せびらかす。
陽介の持ってきたそれにあ、と声を洩らしながら雪輝は気まずそうに目を泳がせた。

「それは、その…ええっと…」
「お前いつの間にこんなに頭良くなったんだ?どっか塾でも通い始めたか?ん?」

それとも、一緒に勉強できる友達でも増えたのか。
と、陽介は口角を上げて僅かに嬉しそうな顔で微笑んでみせた。
その声はとても優しげで、雪輝に友人が出来たのではないかと素直に喜んでいる様子が窺えた。
雪輝は彼のその姿に、後ろ苦しそうな申し訳ない気持ちがして言葉が詰まる。
そうして渋っていた様子だったが、あのね。とやがて口を開いた。
わくわくとその話を待ちかねていた陽介は、口の中のものを飲み込み一旦手を休めて話を聞く体勢を整える。
だが、未来日記の話をすれば、途中から陽介の目の色が変わった。

「…つまり、なんだ。お前はその未来日記とやらで未来を把握してテストを難なくこなして主席になったって訳だな?」
「……う、うん…」

雪輝にそう尋ねる陽介は顔を険しくし、僅かに声色が低音になっていた。
なにやら雲行きが怪しくなってきた事を察した雪輝は尻込みしながらも、ぼそぼそと頷く。
それを聞くなり、陽介は「はあー」と声に出して溜息を吐いてフォークを一旦皿に置いた。

「…こんの馬鹿ッ」
「痛っ!」

ごつん、とやや大きめな音を響かせて陽介は雪輝の頭に拳骨を落とす。
その衝撃に身体を屈ませた雪輝は両手で頭を抱えて声にならない叫びを出した。
耐え切れなくなって目尻に涙を浮かばせ、雪輝は「陽介…」と恨みがましく声を上げる。
だが陽介はそんな雪輝を冷たく見下し、殴ったばかりの頭に手を置いた。

「お前、何最低な事やってんだよ。そんなんただのカンニングと変わんねーじゃねえか。
未来が見えても何でも良いけど、そんな使い方してんじゃねえよ。」
「う。だ、だって…」

今にも泣き出しそうな雪輝に、そんな顔をするくらいなら最初からするな、と叱咤をしながら陽介はほとほと呆れたように肩を竦める。

「まあ、そこに答えがあったら他意はなくとも普通は見ちまうからな。
やっちまったその気持ちは分からなくもねえよ。
…少なくともでかい事言ったけど、俺だってやっちまうかもな。」
「陽介兄ちゃん…」

子供時代の呼び名をぽつりと呟けば、陽介は一度瞬きをして優しげな瞳で雪輝を見つめてくれる。
そして、ぽんとその頭を今度は優しげに撫でた。

「次からその日記使う時は、せめてテストの時だけには使うんじゃねえぞ?便利だけどな。」
「…う、うん……あ、あの、ごめん。ごめんなさい。」
「謝んなくていいから、約束しろって。」
「う、うん。約束する。」

小さく陽介に頭を下げて絞り出すような声で謝る雪輝に、陽介はよしよし、と微笑んで頷いた。
すると雪輝はほっとしたように、僅かに笑みを取り戻す。

「そういや雪輝さ。」
「ん…?」

「あの子はどこの子?」

あの子?と、雪輝は陽介の発言にきょとんとする。
なにやら少々困った顔の陽介はちょいちょいとある一点を指差して、そっちを見ろと言いたげに目で訴える。
雪輝はそれに意味がわからないながらも、素直に従って彼の指差した先に振り返った。
そして、その先で見た光景に目を丸くして絶句する。

窓の外でハンマーを構えて笑顔で佇む少女。
雪輝がそれに気づくなり、少女は振りかざしていたハンマーを止めてふりふりと目一杯可愛らしく雪輝に手を降った。

「………ゆ、」

彼女を目撃した雪輝の表情は見る見るうちに青褪めて、やがてかたかたと身体を震わせた。
そんな雪輝を見ながら、陽介はいつにない従兄弟の怯えように吃驚して「雪輝?」と声をかける。

だが、彼の肩に手を置こうとした矢先、とんでもない悪寒が背筋を走って、陽介は思わずその手を止めた。

「? 陽介?どうしたの…」
「いや、なんか。おっかしーな、背中ににこう…氷を投げ込まれたようなひやっとした感じが今してだな…」

窓の外では笑顔を浮かべながらも、瞬き一つせずに陽介を射抜く少女、由乃が居た。

◆一部始終を見てたんです。

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